帰省
ゆいが、ふいに足を止めた。
錆びた門扉の前で、彼女は動かなくなった。
吸い込まれるような沈黙の中で、一軒の家を――かつて幸福が詰まっていたはずの箱を見上げている。
「……ここが、私の家」
その家の外壁は、血管のような青い蔦にびっしりと覆われていた。
蔦は壁を浸食し、屋根を食い破り、葉の隙間から淡い光の粒――侵食の粉塵を、埃のように舞い上げている。
それは、巨大な生物の胎内に、家が丸ごと飲み込まれているような光景だ。
僕は、かけるべき言葉を持たなかった。
僕が守りたかった「人間」の少女は、すでに崩壊の只中に立っていた。
言葉を探しているあいだに、ゆいが静かに続けた。
「最初に殺したのが――」
一瞬だけ、風が止んだ。
梢の揺れる音が、ツクツクボウシの鳴き声が、すべてが真空に吸い込まれたかのように消える。
「パパとママ」
その、日常的な響きが、彼女の細い指が握りしめるバールの、凍えるような冷たさを強調していた。
背後で久世が、小さく息を吐くのが聞こえた。
それは落胆ではなく、深い、深い感嘆の色を帯びていた。
「素晴らしい。……血縁から始めたとは。それは賢い。とても、正しい……坊ちゃま、聞きましたか。これこそが生存という名の、最も純粋な冒涜です」
その瞬間、僕の胃が、生温かい不快感とともに裏返った。
理解できてしまった自分が、何より気持ち悪かった。久世の放つ、歓喜に近い熱っぽさが、僕を汚していく。
「こっち」
ゆいが、錆びた門を押し開けて中に入る。
きぃぃぃ――という、金属が悲鳴を上げるような嫌悪を催す音に、僕の背中の産毛が逆立つ。
「パパとママ、庭に埋めたの。これがお墓。パパ、ママ――二人に挨拶して。……私、一人でお葬式、頑張ったんだから」
――笑っていた。
その顔が、あまりにも普通で、僕はどこに悲鳴を見出せばいいのか、分からなかった。
夏の陽光に照らされたその場所は、墓というより、何か異形の種を植えた畑のようにさえ見えた。盛り土の下から、青い花の蕾が芽吹いていた。
じりじりと、日差しが僕を焼く。額から、汗が流れ落ちる。
視界が揺れた。崩れ落ちそうになった体を、強い力で支えられる。
久世の手だ。
僕はその手を、振り払うことができなかった。




