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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第一章 北海道

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 久しぶりに、泥のような眠りの底に、深く、沈んでいた。

 ツクツクボウシの、あの狂おしいほど規則正しい鳴き声が、耳栓を無視し、脳の奥深くまで浸食してくるようだ。


 僕は、アイマスクを外した。


 埃の舞う事務所の天井。

 窓から差し込む、白く濁った太陽の光。

 セミの声だけが異様に大きく、世界は死んだまま動いていない。


 ……生きている。

 僕はまだ、僕の形のままで、ここにいる。


「……おはようございます、坊ちゃま」


 声は上から降ってきた。

 隣りに腰を下ろしている久世は、すでにいつもの完璧な燕尾服を身に纏っていた。襟元も、鉄の規律を取り戻したように、固く閉じられている。


「よく眠れましたか?」


 ――うん。と、喉が動いた。

 声になる寸前。僕は起き抜けの脳で、必死にそれを止めた。

 きのう、久世に謝罪した記憶が、屈辱となって喉を通った。


 僕は、寝袋から出られないでいた。


「ゆいさんは? 鍵は? 開いているのか?」


 久世は、紙の本から視線を外さない。

 ページを捲る指先には一点の迷いもなく、その光景だけを見れば、どこかの静かな書斎の光景と見紛うほどだ。


「――開いております」


 視線は本に落ちたまま。


 僕は、なぜか胸の奥がざわつくのを覚えながら、息を整えた。

 久世に見られている感覚が、消えない。

 視覚ではない、もっと別の器官で観測されているような、不快感。


 それから逃げるように寝袋を這い出て、僕は上半身を起こした。


 久世の手にある本。

 背表紙から覗くタイトルは、彼の長い指に遮られて、断片的にしか読み取れない。


『――jer――――――――ger』


 ちらりと、中身を盗み見てみた。


 アルファベットに似た文字が並んでいる。

 けれど、英語でも、ドイツ語でもない。


 ――――読めない。


 それが、腹の底に、静かな苛立ちを落とした。

 この男は、僕の知らない言語で思考し、僕の理解できないことわりで、動いているのだろうか。


 けれど、「何を読んでいるんだ?」――なんて、絶対に聞きたくない。


「さあ、ゆいさんのところに行こう。彼女を置いてはいけないし、散策をするなら、手伝うんだ」


 僕は自分に言い聞かせるように、一層強く、トレッキングシューズの紐を締め直した。

 久世は答えず、ただ静かに本を閉じて、その未知の言語の本を、まるで聖典のように、大切に懐へとしまった。



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