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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第一章 北海道

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一緒に

 彼女は顔を上げた。


「ゆいです。泣いちゃって……ごめんなさい」


 彼女――ゆいは、泣き腫らした目で、少しだけ照れたように笑った。


「こっちは、相棒のカイ」


 ハスキー犬のカイが、僕をじっと見つめる。

 背後の久世を視界に捉えた瞬間、低く重い唸り声を上げた。

 動物の本能が、そこに立つ男を「天敵」だと、認識しているようだった。


 ◇


 そこは、町の、侵食されていないスーパーだった。

 『ララマート』という色褪せた看板を掲げた小さな店舗は、死んだように僕たちを迎え入れた。


 正面には、数台の軽自動車でバリケードが作られ、自動ドアは固く閉ざされている。僕たちは、錆びた従業員入り口から、薄暗い店内へと通された。人の気配はない。

 中はひんやりと冷たかった。ガラス越しの日差しは、店内には届かない。


 店の通路には、布団が一組、敷いてあった。

 脇には、幾つかのペットボトルが転がっている。


 ゆいは、ペットボトルを端に寄せると、布団を畳んだ。

 ここに来るまでに聞いた話では、彼女は大学一年生で、夏休みに実家に帰省した直後、この「終末」に飲み込まれたのだという。


 僕と……似ている。

 実家。夏休み。奪われるはずのなかった、平穏な未来。


 そうだ――久世に言われるまま、東京に行かなくたっていい。

 ここで彼女と、人間らしく生きていけばいい。

 以前の僕に戻れる場所が、ここにはあるかもしれない。


 僕はゆいに言った。


「僕の父は、御子柴みこしば財閥の当主なんだ。父に連絡さえつけば、きみも僕も、きっと助かる」


 ゆいが目を輝かせ、足元のカイを見た。


 けれど、商品棚の缶詰やカップ麺を手に取り、なにか確認しては、また棚に戻していた久世が、それを容赦なく踏みにじる。


「……ですが坊ちゃま。電波塔がただの鉄屑と化したこの世界で、その声は、どうやって届けるおつもりですか。空にでも祈りますか?」


 ふざけたことばかり。

 僕はもう、久世には屈しない。


「久世。これはあるじの命令だ。答えろ。父は今、どこにいるんだ」


 久世は溜息を吐いて、汚れて濁ったガラス越しに、遠い空の向こうを見つめた。


「山の中です」


「は?」


「奥多摩の、御子柴みこしば家が所有する、研究所におられます」


 僕は、怒りで震えた。


「なぜそれを……ずっと黙っていた――!!」


 理性が止めるより先に、僕は久世の襟元を握り締めていた。

 だが、久世の瞳は凪いでいる。その底知れない黒い色彩が、僕の怒りなど赤子の戯言だとあざ笑っているようで、余計に僕の指先を震わせる。


 その時、背後からゆいの、か弱い声が聞こえた。


「あの――二人とも、喧嘩はやめて」


 柔らかなその声が、僕を現実に引き戻す。

 女性の前で、こんな醜い暴力を晒すわけにはいかない。

 僕は、落ち着いて振舞うべきだ。久世から手を離し、乱れた呼吸を整えた。


 パパが生きている。場所も分かった。ならば、僕はもう、久世の「人形」ではない。

 僕はゆいへ向き直り、彼女の柔らかい手を握り締めた。


「だったら、ゆいさん。きみも僕と一緒に、東京に行かないか?」


 息を呑むゆい。不安そうに、相棒のカイを見る。

 ハスキーのカイが、舌を出して荒い息を吐きながら、僕たちの繋がれた手に、その前脚をそっと架けた。


「――もう少し。考えてみたい」


 ゆいは言った。

 繋いでいた彼女の手が、微かに震えている。


「ずっと、ここだったから。ここから出るのが、怖い……の、かも」


 そう言ってゆいは、僕の背後に視線を移した。怯えているような目だ。

 無理もない。いきなり現れた素性の知れない男が、迷いなくナイフを抜いたのだ。


「もちろんだ。直ぐに答えなくていい」


 僕は、ゆいの手をそっと離した。


「けど、その――今日は、ここに泊まってもいいかな? 僕たちは、事務所で構わない。不安なら、外から鍵をかけてくれていいから」


「えっ、でも……」


「いいんだ。それがきみの、安心になるなら」


 僕は努めて明るく笑ってみせた。

 背後で、久世が小さく鼻で笑ったのが聞こえたが、僕は無視した。


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