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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第一章 北海道

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犬と女の子

 いつまで歩けばいいのだろう。

 街のスポーツ用品店で見つけた、真新しいトレッキングシューズ。機能性は完璧なはずなのに、足が重い。


 ツクツクボウシの鳴き声が、四方から聞こえる。

 進んでいるはずなのに、どこにも近づいていない気がした。


 前を歩く僕の後ろに、歩調を合わせて、久世がついてきている。

 背後から、僕をさばく機会でも、うかがっているのだろうか。


 ふと、視線の先を、何かが横切った。

 ――なんだ?

 足を止める。


 犬だ。ハスキーだ。

 野良にしては、毛並みが良い。黒と白のもふもふで、目が青い。けれど、侵食の青さではない。生命力に満ちた、空の色をしていた。


 それから――女の子!?

 高校生くらいだろうか。バールを持っている。

 使い古されたリュックを背負った彼女と目が合うと、彼女は弾かれたように肩を震わせた。


「あっ」


 女の子の唇が小さく動く。

 僕と同じ。怯え、迷い、明日を疑う「人間」の響きだ。胸の中に、熱い何かが込み上げてくる。同時に僕は、無意識のうちに、青く脈打つ自分の右腕を隠すように、左手で掴んだ。


「きみ」


 僕が一歩踏み出そうとした、その時。

 背後で、カチリ、と硬質な音が響いた。


 久世が、ナイフの鞘を払った音だ。

 振り返らなくても分かる。今、僕の背後に立っている男は、執事の顔などしていない。

 自分のテリトリーに迷い込んだ「不純物」を排除しようとする、冷酷な狩人の顔をしているはずだ。


 彼女が後ずさる。犬が、唸り声を上げて僕たちを威嚇する。


「待てよ、久世! 人だろ、彼女は……!」


「いいえ。不確定要素です」


 久世の声は、火傷しそうなほど冷たかった。

 僕の命を守るための忠誠が、ここではただの、鋭利な殺意へと姿を変えている。


「感染してない――!」


 それは、彼女の声だった。


「感染してない!! 助けて!!」


 彼女はもう一度叫んだ。喉を振り絞るような声で。


 その言葉に僕は、細い光を見た気がした。

 護らなくてはと、思った。

 僕は振り返り、両手を広げた。久世に立ちはだかるように。


「久世!! 僕は、人でいたい!!」


 久世が、首を傾げる。

 額に深い皺を寄せ、ひどく不快そうに。あるいは、傷ついたように視線を落とした。

 やがて久世は、かざしていたナイフをゆっくりと降ろし、背後の鞘へ戻すと、顎を上げて冷ややかに、僕の背後を一瞥した。


「――坊ちゃまが、そう仰るのなら」


 カランッ――と、金属が落ちる音がした。きっと彼女が、手にしていたバールを落としたんだ。僕は頷いて振り向くと、彼女はへなへなと座り込んだ。


「はっはっ」と息を吐くハスキーの鼻先に、僕は手の甲を差し出した。ハスキーは匂いを嗅ぐと、僕の膝に前脚を掛ける。踵を返したその先導で、僕は彼女の元に歩み寄った。


 片膝を折り、目線を合わせる。

 握手のつもりで、右手を出した。


 久世に調律され、人ならざる熱を帯びた、その右手を。


「僕は、怜央だ。御子柴怜央。よろしく」


 突然。


 彼女は僕に抱きついてきた。

 その体温は、久世のように焼けるような熱さではなく、微かで、頼りなくて、けれど確かな『命』のぬくもりだった。


 直ぐに、見た目より幼い泣き声が聞こえてくる。


 ――怖かったんだ。


 そう思うと、僕は安堵した。

 そっと抱き締める。その髪を撫でた。


 彼女の体から伝わる、か弱い鼓動。

 それは、久世に鼓動とは違う、歪で美しいリズムを刻んでいた。


 それが今の僕には、何よりも眩しかった。

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