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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第一章 北海道

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野営

 陽が沈む。

 今日は、侵食されていない場所を見つけられそうにない。

 ただっ広い草原に、横たわる倒木があった。枯れた幹が、骨のように白く晒されている。


「仕方ありません。今日はここで野営をしましょう」


 久世が、手慣れた動作で焚火を組む。

 火を点けると、周囲を埋め尽くしていた青い燐光が、ざざっと退いた。焚火の赤い芯が、パチパチと火花を散らす。


 北国の夕暮れとはいえ――「熱い」。


「いっそのこと、今日は私の特製カレーにしましょう」


 久世が、手際よく野菜を刻み始める。

 まな板の木片に当たる果物ナイフの音が、不自然なほど規則正しく響く。


 肉は、馬肉しかない。


 ――ポチのじゃない。


 あいつは、戻って来なかった。


 ◇


 カレーは美味しかった。特に、スパイスで焼かれた馬肉が。

 久しぶりのまともな食事だったから、というのも、あったかもしれない。


 周囲を見ると、夕闇に青い光が、蛍のように舞っている。


 ――本当に、ポチじゃなかったのだろうか。

 僕が気を失っている間に実は戻ってきて……。


 そもそも、どうして東京に?

 東京に行かなければいけないのは、実は久世一人で――。


 パパたちの安否も、この世界が崩壊した理由も、久世はすべて知っているはずなのに、何も語ろうとしない。

 なぜだ。


 ――そうだ。

 久世はあの時、言った。


『食べてしまいそうだ』――と。


 あれは、冗談だったのか。


 それとも――


 僕は、喉の奥で、言葉を飲み込んだ。


 ……いや。

 まさか。

 そんなこと――あるはずがない。


「眠れませんか?」


 久世が、倒木に寄りかかる僕の隣に、腰を下ろした。

 ぐるぐると考えていた僕の肩が、びくりと跳ねる。


「――こんなっ……火の近くで、まともに寝れるわけないだろう」


 動悸を隠すように、膝に顔をうずめた僕の首に、熱いものが触れた。

 僕は、反射的にそこに手をやり、久世を見た。

 さっき、軍用ナイフを突き立てられた場所を、久世が――触った?


 そこにはまだ、久世の唇が押し当てられていた時の、焼けるような熱が、深く刻み込まれている。


 今は、こちらに伸ばした指先があるだけだ。


 泣きそうな顔をしている。

 そう、見えただけかもしれない。

 或いは、満たされぬ空腹に耐える者の表情なのか。


「――寝る」


 僕は言った。

 久世が、なにを考えているか――とか、もう今日は考えたくない。

 胃は満たされているはずだ。今晩、僕が食べられてしまうことは、きっとない。


 僕は寝袋に潜った。

 アイマスクと耳栓をして、久世に背を向けて目を閉じた。


 世界の音も、久世の視線も、すべて遮断した闇の中。


 自分の唇を触った。首の傷跡が、熱い。

 僕を強引に暴いた舌の感触が、脳の裏側に鮮やかに蘇る。


 僕の首筋から溢れたものが、久世の口端を青く汚していた。

 久世は、狂おしいほどに歪んだ顔で僕を見つめたまま、それを――ゆっくりと、自分の舌で、指で拭い、舐めとっていた。

 

 それから、いつもの冷たい顔に戻って、


「……失礼いたしました、坊ちゃま」――と。


 あんなの――屈辱だ。


 そう自分に言い聞かせなければ、心がどこか遠くへ連れ去られてしまいそうだった。

 僕はぎゅっと、自分の肩を抱いた。


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