野営
陽が沈む。
今日は、侵食されていない場所を見つけられそうにない。
ただっ広い草原に、横たわる倒木があった。枯れた幹が、骨のように白く晒されている。
「仕方ありません。今日はここで野営をしましょう」
久世が、手慣れた動作で焚火を組む。
火を点けると、周囲を埋め尽くしていた青い燐光が、ざざっと退いた。焚火の赤い芯が、パチパチと火花を散らす。
北国の夕暮れとはいえ――「熱い」。
「いっそのこと、今日は私の特製カレーにしましょう」
久世が、手際よく野菜を刻み始める。
まな板の木片に当たる果物ナイフの音が、不自然なほど規則正しく響く。
肉は、馬肉しかない。
――ポチのじゃない。
あいつは、戻って来なかった。
◇
カレーは美味しかった。特に、スパイスで焼かれた馬肉が。
久しぶりのまともな食事だったから、というのも、あったかもしれない。
周囲を見ると、夕闇に青い光が、蛍のように舞っている。
――本当に、ポチじゃなかったのだろうか。
僕が気を失っている間に実は戻ってきて……。
そもそも、どうして東京に?
東京に行かなければいけないのは、実は久世一人で――。
パパたちの安否も、この世界が崩壊した理由も、久世はすべて知っているはずなのに、何も語ろうとしない。
なぜだ。
――そうだ。
久世はあの時、言った。
『食べてしまいそうだ』――と。
あれは、冗談だったのか。
それとも――
僕は、喉の奥で、言葉を飲み込んだ。
……いや。
まさか。
そんなこと――あるはずがない。
「眠れませんか?」
久世が、倒木に寄りかかる僕の隣に、腰を下ろした。
ぐるぐると考えていた僕の肩が、びくりと跳ねる。
「――こんなっ……火の近くで、まともに寝れるわけないだろう」
動悸を隠すように、膝に顔を埋めた僕の首に、熱いものが触れた。
僕は、反射的にそこに手をやり、久世を見た。
さっき、軍用ナイフを突き立てられた場所を、久世が――触った?
そこにはまだ、久世の唇が押し当てられていた時の、焼けるような熱が、深く刻み込まれている。
今は、こちらに伸ばした指先があるだけだ。
泣きそうな顔をしている。
そう、見えただけかもしれない。
或いは、満たされぬ空腹に耐える者の表情なのか。
「――寝る」
僕は言った。
久世が、なにを考えているか――とか、もう今日は考えたくない。
胃は満たされているはずだ。今晩、僕が食べられてしまうことは、きっとない。
僕は寝袋に潜った。
アイマスクと耳栓をして、久世に背を向けて目を閉じた。
世界の音も、久世の視線も、すべて遮断した闇の中。
自分の唇を触った。首の傷跡が、熱い。
僕を強引に暴いた舌の感触が、脳の裏側に鮮やかに蘇る。
僕の首筋から溢れたものが、久世の口端を青く汚していた。
久世は、狂おしいほどに歪んだ顔で僕を見つめたまま、それを――ゆっくりと、自分の舌で、指で拭い、舐めとっていた。
それから、いつもの冷たい顔に戻って、
「……失礼いたしました、坊ちゃま」――と。
あんなの――屈辱だ。
そう自分に言い聞かせなければ、心がどこか遠くへ連れ去られてしまいそうだった。
僕はぎゅっと、自分の肩を抱いた。




