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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第二章

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第111話:【招集】鳴凪サミット

鳴凪支店、大会議室。



 普段は重要な経営判断や全社向け説明会で使われる重厚な扉の向こうに、その「精鋭」たちは集められていた。



「……何だよ、このメンツは」



 経理部の高橋が、椅子に深く腰掛けながらぶっきらぼうに吐き捨てた。



 会議室を支配しているのは、主催者である榎木が醸し出す、不自然なまでの重厚な雰囲気だ。

 


 経理部・高橋

 管理部・島田

 鳴凪営業所・立花

 営業部・田中



 各セクションのかなめ――もとい、鳴凪の「濃い口」な面々が顔を揃え、さながら「鳴凪サミット」の様相を呈している。



「……あのー、なんで私が呼ばれたわけ? 死ぬほど忙しいんだけど! あっ、田中さん、部材を早く建設仮勘定に振ってくださいよ! 在庫計上になっちゃう」


「す、すいません……今日中に終わらせます」 



 立花はブツブツと文句を言いながら、ノートを広げることもせず不機嫌そうに時計を気にしている。



「まあまあ、立花さん。榎木さんがここまで改まるんだから、きっと社運を賭けたプロジェクトですよ(僕は全て知ってますが)」



 答えを知っている田中だけが、どこか楽しげに、鼻息を荒くしてディスプレイを見つめていた。



 その隣で、島田はすでに何かに感づいているのか、眉間を押さえて深い溜め息をついている。



 「……では、本日のアジェンダを共有します」



 榎木が、大統領のような厳かな手つきでマウスを握った。



「あれ? ……共有って、これどうやるの? 右クリック? それともドラッグ&ドロップ?」


「……。榎木さん、操作を代わりますよ」



 島田がフォローのために席を立ち、榎木さんのノートパソコンに手を伸ばそうとした。



 ――が、その手は空中でピタリと止まった。



 完全停止。



 なんなら、指先が小刻みに震えている。



「なんだ? 何て書いてあるんだよ、そのアジェンダ」



 高橋が身を乗り出し、画面を覗き込もうとしたその瞬間。



 プロジェクターのファンが唸りを上げ、巨大なスクリーンに「それ」が投影された。



【極秘】プロジェクト:鳴凪・春の嵐

本日の議題:佐藤・佐倉さん婚約おめでとうレセプション(案)



「………………は?」



 立花の思考が、物理的に停止した。



「婚約……? さ、佐藤と、あの佐倉さんが? ……マジかよ、いや……マジで付き合ってたのか!? ……婚約!? えええ!!!」



 高橋が椅子ごとひっくり返りそうになりながら絶叫する。



「おめでとうレセプション……! 榎木さん、このタイトル、最高にエモい(最大出力)ですよ!」



 田中が歓喜の声を上げる中、榎木さんは満足げに、キリッとした顔でネクタイを締め直した。



「凛……婚約したの? いや、何となく……付き合ってるだろうとは思ってたけど。あの佐藤と? いつから!? 私、凛と仲いいのに……知らなかった!!!」



 立花はガタッと立ち上がったかと思うと、そのままへたり込んで机に突っ伏し、悲鳴を上げた。



 先ほどまでの「建設仮勘定」への情熱は、親友の電撃発表という衝撃波で木っ端微塵に砕け散っている。



「いつから付き合ってたんだ……忘年会の時にはもう? あのドラレコの時点ですでに……? いや、その前のお見舞いの時か? いや、それだと住所を知らないのは不自然だ……」



 高橋が顎に手を当て、探偵のような鋭い眼光で過去のタイムラインを遡り始める。



 経理部特有の「整合性チェック」のスイッチが、あらぬ方向に入ってしまったようだ。



「……良かった。あの二人は誰から見てもお似合いだよ。理屈屋と天然。プラマイゼロだ」



 一人だけ悟りを開いたように、感慨深い表情で呟く島田。




「さあ! 皆さん、この婚約パーティー企画を始めましょう!」


「そうだね。会場もいくつかピックアップしたんだが、どうかな?」



 三人をそっちのけで盛り上がる榎木幹事長と田中。だが、立花の絶叫は止まらない。



「やだ……高橋さんと企画なんて。あの時の『あみだくじ』……私、未だに許してませんからね!」


「はぁ? 結局、セクシーサンタとマッスルトナカイは俺と島田さんがやったじゃん。立花さんは無害だったろ」


「何言ってるんですか! それはただの結果論です! あの殺伐とした、南極よりも冷え切った……あの余興……!高橋さんの剃り残しの脇毛が網膜に焼き付いて離れないんですよ!!」


「ちょっと、二人とも落ち着いて……」


「島田さんも! ただの優しい男は罪ですからね! その優しさで有耶無耶にするの、管理部的にもNGです!」


「……えぇっ、僕まで!?」



 混沌とする会議室。



 だが、榎木と田中はすでに次のフェーズへ進んでいた。



「あのー? 会場決めちゃうけど、異議なしかな? ……うん、聞いてないね。田中くん、ここにしちゃおう! 100人入る大ホールだ!」


「いいですね! 鳴凪駅前のグランドホテル。ここなら余裕ですね!」


「やっぱり、規模が大き過ぎかな?」


「大丈夫です。支店中……いや、本部の人たちも聞きつけて来たがるでしょ!」



 三人を置き去りに、プロジェクトは恐ろしいスピードで具体化していく。



 机に突っ伏していた立花が、のそりと顔を上げた。



 その瞳には、先ほどまでの絶望ではなく、別の「計算」が宿っている。



「……なんで凛、言ってくれなかったのかなぁ」


「それはやっぱり、社内恋愛はデリケートだから。結婚するなら尚更、ね?」


「……。そうだ! 結婚式とか披露宴って、佐藤さんの友達も来ますよね?」


「ああん? くるんじゃねえか? 東京の連中が。というか会場も東京のホテルだろ」


「そいつら……絶対、お金持ちですよね?」



 立花の問いに、高橋が鼻で笑った。



「そうなんじゃないか? どっかいいところの私立の中高一貫だろ、あいつ。実家、太いから」


「……決めた。そこに運命かけるわ、私。……絶好の玉の輿チャンス、逃さないわよ」


「……立花さん、怖いよ。目が……」



 親友の幸福を祝う気持ちと、自分の婚活を有利に進めるロジック。



 立花の中で二つの歯車が噛み合った瞬間、彼女のペンが猛烈な勢いで「レセプション企画書」を埋め始めた。



「……内容、どうします? 会費制にして、プレゼント代も込みで。一人一万なら、このメンツならいけますかね?」



 田中が電卓を叩くような手つきで、具体的な「徴収計画」を口にする。



「ああ、それくらいなら許容範囲内だろう。経理部としても、福利厚生の範疇……いや、これは完全なプライベートだが、鳴凪の相場としては妥当だ」


「だから、私的なイベントには経費は使えませんよ……」

 


 高橋が腕を組み、厳格な面持ちで頷く。



 もはや全員、これが「ただの飲み会」ではないことを受け入れ始めていた。



「じゃあ、高橋さんが『神父役』で登場するっていうのはどうですか?」



 田中の唐突な提案に、会議室の空気が一瞬凍りついた。



「はぁ!? 俺が神父? 何でだよ!」


「おっ、いいね! なんだか本当に結婚式をするみたいじゃないか!」



 榎木幹事長が、我が意を得たりと膝を打つ。



「ええい! それならいっそ、模擬結婚式ってことにしましょうよ! 鳴凪支店主催のプレ・ウエディングよ!」



 立花がペンを走らせながら、恐ろしい速度で進行表を書き換えていく。



「こうなったら、やらせましょうよ。誓いの、アレ」



 田中がニヤリと笑い、人差し指で自分の唇を指した。



「……誓いのキス、か」



 榎木がゴクリと唾を飲み込む。



「最高じゃないですか! フロア全体が静まり返ったところで、佐藤さんのロジカルな唇が、佐倉さんの天然な唇を――!」


「て、テンション上げすぎだよ田中くん! ……でも、悪くない。鳴凪支店の結束を高める儀式としては、最大級の出力バーストが期待できるね」



 幹事長と田中のボルテージは、もはや成層圏を突破していた。



「おい、待てよ。佐藤のやつ、絶対に拒否するぞ。あいつの性格なら『その行為には法的根拠がない』とか言って逃げるに決まってる」



 高橋が冷静なツッコミを入れるが、立花がそれを一喝する。



「甘いですね! 外堀を埋めて100人の視線でロックオンすれば、あのロジカル佐藤巧だって『プロトコル』に従うしかなくなるわ! 絶対!!」


「……ドレス! ウェディングドレスもレンタルしましょう! ドレス姿の凛を見たら、するしかなくなる!私が凛に最っ高に似合うの借りてきます!!メイクも私が!!」



 立花が『衣装代』の項目を書き加える。



「……立花さん、怖いよ本当に。目が、ハンターみたいだよ……」



 島田が隅っこでガタガタと震える中、会議室のホワイトボードには「誓いのキス(強制執行)」という、およそ社内イベントとは思えない不穏なワードが刻まれた。



「おお! いいね、ドレス姿の佐倉さんか。それは鳴凪の歴史に残るシャッターチャンスになるね」



 榎木幹事長の目が、もはやプロデューサーのそれに変わっている。



「介添え人は私がやります! 凛の横で完璧にサポートしますから。で、島田さん! 島田さんは佐藤さんの介添えをやってください!」


「えっ、僕!? 佐藤くんの横に立つの……? プレッシャーに耐えられるかな……」



 島田がおろおろと後ずさりするが、立花は逃がさない。



「ちょっと待て。これ……もう完全に『結婚式』じゃねえか」



 高橋が呆れたように天井を見上げた。



「バージンロードの赤絨毯、手配するか? 」


「あっ、管理部の倉庫に昔の社内イベントで使ったやつが眠ってたはずだよ。あれをクリーニングに出せば……」


「高橋さん、島田さんナイスです! 赤絨毯、採用!!」



 田中の叫び声が会議室に響き渡る。



「よし、決まったね。会場は駅前グランドホールの100人規模大ホール。模擬結婚式形式で、ウェディングドレス完備、赤絨毯あり。神父は高橋くん、介添えは立花さんと島田くん。そしてメインイベントは……」



 榎木がホワイトボードの最後に、大きく丸をつけた。



「『誓いのキス』、強制執行だ」


「…………」 



 島田だけが、遠くを見るような目で呟いた。



「これ、佐藤くんが当日知ったら……鳴凪支店ごと爆破されないかな……?」



 その懸念は、盛り上がる三人の歓声にかき消された。



「よし、この確定事項で会場抑えます!」


「私は凛と佐藤にバレないように、出欠の回覧作ります!!」


「俺はドンキで神父のコスプレ買えばいいのか?あっ、本部の同期も呼んでいいんだよな?」



 三月末に巧がいなくなるという、本当の「爆弾」を誰も知らないまま。



 鳴凪支店史上、最も不純で、最も熱く、そして佐藤巧の「ロジカルな自尊心」が最も粉砕されるであろう地獄の祝宴が、ついに確定した。

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