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ハイスペ佐藤くん、この恋だけはポンコツです〜五月雨式に失礼いたします〜  作者: もふおのしっぽ
第二章

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第102話:【確定】最強ステークホルダー来訪者

「くぅ~ん(佐藤、大丈夫なんとかなる)」



なぜか太郎も付いて来た。


ジャーキーという名の「接待」が効いたのか、今の僕にはこのつぶらな瞳が、絶望的なプロジェクトを共に歩むパートナーのように見えてくる。


 コール音が、静かな鳴凪の夜に響く。


 縁側には、太郎がジャーキーをクチャクチャと咀嚼する、どこか間の抜けた音だけが流れていた。



 三回目のコールの後。



 無機質な接続音と共に、耳元に「冷徹な静寂」が届いた。



『……あら、巧。何?今日あなたの誕生日のプレゼント、自宅に送ったわ。月曜日に届くはずよ』


「あ、あぁ。ありがとう、母さん」



 相変わらずだ。

 挨拶よりも先に状況の報告。


 佐藤家の合理的なシステム。



「母さん。……あのさ」


『何よ、また突然帰ってくるつもり?』


「いや、そうじゃなく」



 僕は震える指を膝に押し付ける。


(あれ? なぜこんなに難しいんだ。佐倉家へのプレゼンはあんなにスラスラ進んだのに。実の親相手に、稟議を通せない新人みたいな失態を演じている……!)



 室内では、ちゃぶ台を囲んで僕を心配そうに見つめる佐倉家の人々と、凛の姿が視界の端に見える。



 意を決して、僕は「重要案件」を切り出した。



「以前、母さんが『面白い感性』だと言っていた……フォックスエナジーの広報担当者と、結婚前提で付き合ってる。……それで今、彼女の実家に挨拶に来ているんだ」



 一瞬の沈黙。



 外交官の妻として世界を渡り歩き、自らも不動産という名の「城」をいくつも統治する母の思考プロセスが、高速で回っているのが分かった。



『……ふうん。あの、おかしなダンス動画を作っていた子?』


「……そう。おかしな、でも、最高にクリエイティブで、僕にはない視点を持った女性で」


『そう……』



(感情が読めない。否決か? それとも継続審議か?)



『……いいわ。来週、そっちに行くわ』


「……は?」



 想定外のレスポンス。


 最短でも一ヶ月後のアポイントメントが必要なはずの母が、一週間以内の現地視察フィールドワークを決定した。



『ちょうど気になっていたの。あのSNS、よくお得な優待インセンティブ付きの配信をしていたでしょう? 私、あれを使いたいわ。気になっている飲食店があったのよ。そこでセッティングして頂戴。港の近くの、サラダの美味しそうなお店だったわ。』



(よりによって、あのサラダの店!か、母さんまでもサラダ王子をあざ笑おうとしているのか!……いや、落ち着け巧。あれはインナーサイトだ。母さんに届くはずはない……)



「母さん。……あれはガスを供給している世帯限定の、地域住民用クーポンだ。……南青山に拠点を置く母さんは、完全に対象外だ」


『あら、そう?でも、あなたが鳴凪にいる以上、私は家族枠として認証されるはずよ。先方の親御様も同席されるなら、尚更じゃない?』


「…………」


 絶句。


 僕よりもロジカル(というか強引)な母。


(「利用可能なスキームはすべて活用する」という商魂の逞しさが、残念ながら僕に遺伝している……)



『巧、宿泊先の手配は任せたわよ。お父さんのスケジュールも、なんとか調整アジャストさせるから』 



 プツリ、と一方的に切れる通話。



 太郎が、最後に残ったジャーキーの欠片を「カリッ」と小気味よい音を立てて噛み砕いた。



「…………」



 僕は、手の中の熱くなったスマートフォンを見つめ、深く、深いため息をついた。



……来週、南青山から最強の『クレーマー』……いや、最強のユーザーが、この町に監査に来る事が決定した。



 一方そのころ、佐倉家のリビング。




「……凛ちゃん。これ、婚約破棄じゃないか? 俺、このスイッチだけは絶対に返さねぇからな!?」



 蓮が、巧くんに貰ったばかりの最新ゲーム機を、まるで命の恩人のようにギュッと抱きしめて叫んだ。



 さっきまで「佐藤、また来たのかよ」なんて生意気言ってたクセに、今はもう「姉が捨てられたらこのハードも没収される」っていう、人生最大の資産没収リスクに震えてる。



「ひぎぃっ! お父さんお母さん、これはどういう状況!? 巧くん、本物の御曹司だったの!?」



 私は、ちゃぶ台に置かれたままの「身上書」を指差して悲鳴を上げた。



 そこに並ぶ「外交官」「不動産オーナー」の文字。もはや文字が光って見える。



「いやぁ……」



 お父さんは、警察官の威厳をどこかに落としてきたみたいに、力なく湯呑みを握りしめていた。



「警察を三十年以上やってきたが、こんな事件は初めてだ。まさか、娘が連れてきた『理屈っぽい若者』が、外交官の息子で南青山の御曹司だったなんて……。」


「ねぇ、佐藤さん……すごい顔して電話してるわよ。あっ今、天を仰いで絶望してるわ」


「……お父さん、それにさっきの巧ちゃまって何よ!」


「……あのスペックを見せられたら、そう呼ぶしかないだろ! 本庁から来たキャリア警察官よりもり威圧感があるぞ、あの紙切れは!」



 お父さんの動揺が止まらない。


 完全に「自分より階級が上の相手」に職務質問しちゃった時みたいな顔になってる。



「しかし……あの漏れ聞こえてくる会話。ここに来るのか? この家に! 南青山のステークホルダーたちが!」


「お父さん!巧くんみたいな言い方になってる!」



 そんな中、お母さんだけが、急にプロの目つきになった。



「外交官の奥様を満足させる接待……。明日から、出荷する野菜の巻き具合と、トマトの糖度チェックを三倍厳しくしなきゃ。鳴凪の農家さんたちに緊急連絡よ。もはやこれは、地域の威信をかけた接待よ」


「……あ、あの、お母さん、目が本気すぎて怖い。道の駅がパニックになっちゃう。」


 私は、最新ハードを死守する弟と、御曹司パワーに気圧される父、そして野菜の品質管理に燃える母に囲まれて、一人でガタガタと震えていた。



「……ワン!(がんばれ!)」



 唯一、事情をわかってない太郎だけが、窓の外で尻尾をプロペラみたいに回して、佐藤家と佐倉家の「歴史的衝突」を楽しそうに待っている。



「……戻ってくるわ。巧ちゃまが」



 お母さんが緊張した面持ちで縁側を見つめた。 



 縁側から聞こえていた怒涛の電話(と、巧くんの必死なツッコミ)が切れて、静寂が戻ってきた。



 私たちは、まるで凶悪犯の突入を待つかのような、あるいは宝くじの当選発表を待つかのような、なんとも言えない表情で、窓が開くその瞬間を待ち構えた。



(((……どうしよう! 巧ちゃまのお母さんが「ざます」とか「巧ちゃま」ってよんだりしたら、絶対わらっちゃう! いや、笑ってる場合じゃない。私の将来がかかってるんだから!)))


 ……でも。


 あんなにすごい「身上書」を出しちゃって、縁側で「仕様変更が……」とかブツブツ言いながら天を仰いでるあの人と、私、本当に釣り合ってるのかな。


 (……いや、あんなにポンコツなんだから、私がいなきゃダメに決まってるよね!)



 ガラララ……ッ。



 静まり返ったリビングに、サッシの開く乾いた音が響く。



 まず太郎が、任務を終えた精鋭のような顔で先頭を切って入ってきた。



 その後ろから、「商談モード」に切り替えた巧くんが姿を現す。



 その佇まいは、もはや恋人の家に来た青年ではなく、極秘プロジェクトの進捗を報告しに来たエグゼクティブのそれだった。



「……お待たせしました。母と直接話せましたので、現状を共有します」



 佐倉家の面々が、ごくりと唾を飲み込む。



「来週……正式に『顔合わせ』の場を設けたいと、東京から両親が参ります。お父様、お母様、ご予定を伺わせてください」



 ゴリゴリのビジネストークで戻ってきた巧くんに、お父さんは警察官の顔をギリギリ保ちながら、規律正しく、けれど震える声で返した。



「ら、来週か。……ずいぶんと迅速な展開(ホシの動き)だな。……結納、結納はどこで行う予定だ?」


「母からは、港近くの飲食店を指定されています。あそこの地域優待インセンティブを行使したいとの要望オーダーがありまして……」



 巧くんが申し訳なさそうに視線を逸らす。



 南青山のセレブがわざわざ鳴凪のクーポンを使いたがっているというシュールな事実に、居間の空気が一瞬フリーズした。


 

 だが、その沈黙を破ったのは、エプロンの紐をキリリと締め直したお母さんだった。



「だめよ!!」


「お、お母さん!?」


 私は驚いて声を上げる。



 お母さんは、まるで農繁期のピークに立ち向かうかのような、凛々しくも険しい表情で巧くんを見据えた。



「佐藤さん、ご両親にこうお伝えなさい。『鳴凪の本当に美味しいものを食べさせたいなら、お店よりうちの食卓が一番だ』って! 来週は、うちに直接いらしてくださいって言いなさい!」


「ええっ!? お母さん、本気!? 家に呼ぶの!?」


「当たり前でしょう! 外交官の奥様がわざわざいらっしゃるのに、お店の決まりきったサラダなんて出せるもんですか。道の駅の仲間にも声をかけて、今とれる一番いい野菜を揃えるわよ。これはもう、佐倉家の、いえ、鳴凪の農家のプライドをかけた勝負なんだから!」



「…………」



 巧くんは、お母さんの圧倒的な「おもてなしという名の武力」に圧され、思わず手元のスマートフォンを握りしめた。 



「……承知しました。母へ、その通りに伝えます。……お母様、この件、かなり『熱い』展開になりそうです」



 太郎が「ワン!(面白くなってきた!)」と、歴史的衝突を予感して力強く一吠えした

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