第13話:氷華会議の覇権、あるいは蠢く深淵
昨日はスマートフォンの機種変をしていた為投稿ができませんでした、その為今日は計4話投稿致します
それでは第13話\(^o^)/ハジマリハジマリ
神の如き絶対者が現れたとき、人間が取れる行動は二つしかない。
狂信的に跪くか、あるいは恐怖のあまり思考を放棄するかだ。
新帝国エル・リヒテンの王座の間――通称『蒼氷の回廊』には、大陸全土から集まった数十人の王、皇帝、そして部族長たちが一堂に会していた。かつては一国を動かし、傲慢にふんぞり返っていたはずの権力者たちが、今は誰もが借りてきた猫のように静まり返り、自らの順番を待って震えている。
彼らが通された部屋は、壁も床も柱も、すべてが透き通った聖氷石で造られていた。室温は完璧に調整されているはずなのに、彼らの背筋には、肌を刺すような極限の「寒気」がまとわりついて離れない。
「……これより、氷華会議を執り行う」
玉座の前に立つ銀髪の青年――シルが、冷徹な声で告げた。彼の金色の瞳が鋭く光るだけで、並み居る武王たちが一斉に視線を床へと落とす。人の姿を取ってはいるが、その内側に秘められた神獣としての圧倒的な質量を、誰もが本能で察知していた。
そして、氷の玉座に深く腰掛けたエレナが、静かに睫毛を上げた。
その翡翠色の双眸には、世界を救ったという驕りも、王たちを従えたという悦びもない。ただ、淡々と世界を最適化するための、冷徹なまでの「意志」だけが宿っていた。
「集まってもらったのは他でもないわ。……先の『空虚の神々(ヴォイド・アバター)』との交戦データを分析した結果、従来の国家体制では、次の波を防ぎきれないことが証明されたからよ」
エレナが軽く指を動かすと、空間に巨大な魔導幾何学の数式が浮かび上がった。
Γ(λ,μν) = 1/2 * g(λσ) * { ∂μ g(νσ) + ∂ν g(μσ) - ∂σ g(νμ) }
(※世界を構成するマナの時空歪曲率を示す、エレナ独自の高次元魔導方程式である)
「現在の境界線(国境)によって魔力の流れが遮断され、大陸全体の防御効率は著しく低下しているわ。……したがって、私はここに、全国家の解体および魔導権限のエル・リヒテンへの一元化を提案――いいえ、宣告します」
「な……ッ!?」
「国家の、解体だと……!?」
広間に動揺が走る。
それはつまり、彼らが先祖代々受け継いできた王権を捨て、エレナの「臣下」になれと言っているに等しかった。
「エレナ陛下! 我が帝国はあなたを救世主として尊敬しております! しかし、我が国の主権までを差し出すというのは、あまりにも――」
大国の皇帝が、意を決して一歩前に出た。
だが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
カキィィィィン。
刹那、皇帝の足元から細い氷の線が伸び、彼の喉元でピタリと静止した。それは、あと一ミリでも動けば頸動脈を正確に刈り取る、美しくも凶悪な氷の刃。
「勘違いしないで」
エレナの声には、怒りすら含まれていなかった。それが、かえって底知れぬ恐怖を抱かせる。
「私はあなたたちに『相談』しているのではありません。……私の法に従い生き延びるか、それとも王の誇りとやらを抱いたまま、次の波で影に溶けて消えるか。……選択肢は、初めからその二つだけよ」
沈黙が広間を支配した。
誰もが理解した。この若き女王は、自分たちと政治的交渉をするつもりなど毛頭ない。彼女の氷の理の前では、数百年続く王家の血筋も、国家の威信も、ただの吹けば飛ぶような塵芥に過ぎないのだ。
「……我が国は、エル・リヒテンに全てを捧げます」
「我が部族も……陛下を唯一の主と認めます……」
一人、また一人と、王たちが冠を外し、床に額を擦り付けていく。
かつて世界に泥を投げつけられた「悪役令嬢」は、今や全大陸の絶対的支配者である『氷華の皇帝』へと、名実ともにその座を昇り詰めたのだった。
旧王都:泥濘の底で
大陸中の王たちがエレナに忠誠を誓う中、その「変革の輪」から完全に置いていかれた場所があった。
旧王国の王都。
今や周辺国からの支援も途絶え、かつての美しい白亜の城壁は、瘴気と煤に汚れて黒く変色していた。
「あ、ああ……寒い、寒いんだ……」
路地裏の瓦礫の陰で、一人の男がガタガタと震えていた。
泥にまみれた衣服、手入れのされていないボサボサの金髪。かつて誰もが憧れた第一王子であり、王太子であったジークフルトの成れの果てだった。
彼の右腕は、肘から先が禍々しい黒い氷に包まれたままだ。感覚はなく、ただ魂を削るような鈍い激痛だけが、二十四時間絶え間なく彼を苛んでいる。
「殿下、ここにいらっしゃったのですか」
現れたのは、かつてエレナを裏切った騎士副団長のカイルだった。だが、彼の甲冑はあちこちが凹み、騎士としての栄光など微塵も残っていない。
「カイル……! エレナは、エレナはまだ戻ってこないのか!? 私はここで待っているんだ! 彼女が私を迎えに来てくれるのを、ずっと……!」
ジークフルトはカイルの足に縋り付いた。その瞳には、現実を受け入れられない狂気が宿っている。
「……殿下、もうおやめください」
カイルは冷めた目で、かつての主君を見下ろした。
「エレナ様は本日、大陸の全国家を解体し、唯一の皇帝に即位されました。……世界中の王たちが、彼女の足元に跪いています。……我々のような、彼女を裏切り、傷つけたゴミクズのことなど、あの方はもう視界にすら入れておられません」
「嘘だ! 嘘だッ! エレナは私の婚約者だ! 私が愛してやれば、彼女はいつでも――」
「ソフィア様と同じことを仰るな!」
カイルの怒号が響いた。
「あの女も、鉱山の底で同じように叫んでいますよ! 自分は聖女だ、ジーク様が助けてくれると!……あなたたちは、最後まで自分たちが何をしたのか理解していない。エレナ様という、この世界で最も気高く、最も強力な守護者を、ただの『便利な道具』として扱い、踏みにじったんだ!」
カイルはジークフルトの手を冷酷に振り払い、そのまま背を向けた。
「私はエル・リヒテンへ向かいます。……開拓民として、泥をすするような生活からやり直すために。……あなた方は、その腐りかけた王宮で、自分が犯した罪の重さに潰されて死ぬといい」
「カイル……? 待ってくれ、私を一人にしないでくれ! カイルーーーッ!」
ジークフルトの悲痛な叫びは、冷たい風にかき消され、誰に届くこともなかった。
北部鉱山:蠢く深淵
旧王国の最北端。
極寒の風が吹き荒れる鉱山の地下深くで、ソフィア・ローランは狂ったように壁を爪で引っ掻いていた。
「私は聖女……みんなに愛される、可愛いソフィア……。ジーク様も、カイル様も、みんな私に夢中だったわ……。あんな、可愛げのない氷の女なんて……みんな嫌いだったはずなのに……」
彼女の指先からは血が流れ、かつて美しかった顔は泥と涙で見る影もない。
彼女が手に入れたはずの「バラ色の未来」は、エレナという土台が消えた瞬間に、ただの崩れる砂へと変わった。他人の好意を吸い取る「魅了」の魔法も、誰もいない暗闇の中では、ただの無価値な妄想に過ぎない。
『――ククク、哀れな娘よ』
不意に、ソフィアの耳元で、地獄の底から響くような「声」が聞こえた。
「ひっ……!? だ、誰よ!?」
ソフィアが周囲を見回すが、誰もいない。ただ、彼女が削っていた岩壁の隙間から、ドロリとした「漆黒の霧」が溢れ出し、彼女の影と混ざり合っていく。
それは、エレナの氷によって一時的に封印されたはずの、『空虚の神々(ヴォイド)』の残滓。
世界から切り離され、負の感情の塊となったソフィアの魂は、彼らにとって絶好の「依代」だったのだ。
『あの赤髪の女が憎いか? 全てを奪った、あの冬の女王が許せないか?』
「憎い……憎いわ! あの女さえいなければ、私は今頃、王妃として皆に崇められていたのに……! 殺してやる……あの女を、八つ裂きにしてやるわ!」
ソフィアの瞳から、完全に光が消え、底なしの黒い闇が広がっていく。
『ならば、我らにその身を委ねよ。……世界を呪う、最後の『悪役』として、あの傲慢な女王を引きずり下ろすための楔となるがいい』
「ええ……いいわ。何でもあげる……。私の体も、魂も、全部あげるから……あの女に、私と同じ絶望を……ッ!!」
悲鳴とも歓喜ともつかぬ叫びと共に、ソフィアの体が黒い霧に包まれ、その姿を異形のモノへと変質させていく。
エレナが全てを支配した世界。その完璧なる秩序の影で、偽りの聖女という名の「世界の歪み」が、最後の破滅の引き金になろうとしていた。




