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【連載版】悪役令嬢ですが、今日は私が王国を救います――ただし婚約破棄の条件付きで  作者:
第三章:世界変革の序曲

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第11話:氷の聖域と、焦土の嘆き

 世界が二つに分断された。

 そう揶揄されるほどに、旧王国と新帝国エル・リヒテンの境界線は残酷なまでの対比を見せていた。


 かつてエレナを「悪役令嬢」と呼び、石を投げた者たちが住む旧王国。そこにあるのは、凍てつく泥濘と、止まらない瘴気による「灰色の冬」だった。結界を失った大地は急速に痩せ、作物は枯れ、人々はわずかな焚き火を囲んで震えている。

 

 一方で、峻険な山脈を越えた先――。

 エレナが支配する聖域には、この世のものとは思えない「黄金の冬」が広がっていた。


「……信じられん。これが、本当に人の手によって作られた街なのか?」


 山脈を越え、エル・リヒテンへの入国を許された数少ない商隊の一人が、呆然と呟いた。

 目の前に広がるのは、白銀の城壁。だが、それは冷たい死を意味するものではない。エレナの魔力によって制御された熱力学の極致。氷の建物は内側から温かな光を放ち、街路には雪の一片すら落ちていない。

 

 そこでは、エレナが開発した「氷結晶魔導炉」が、環境からエネルギーを抽出して都市全体を支えていた。


 ΔS_total = ΔS_system + ΔS_surroundings ≧ 0


 (※エレナはこのエントロピー増大の法則さえも、魔力という「秩序」によって局所的にねじ伏せ、永久機関に近い効率で都市を暖めていたのだ)


 人々は薄手の外套一枚で笑い合い、市場には魔導技術で育てられた新鮮な野菜が並んでいる。

 かつて王都で迫害されていた平民たちも、今やこの国の「開拓民」として、誇り高く、そして豊かに暮らしていた。彼らにとって、エレナはもはや令嬢でも女王でもない。命を繋ぎ、文明を与えた「神」に等しい存在だった。


 ---


 ### 王宮の廃墟にて


 対照的に、旧王都の謁見の間は、今や見る影もなく荒廃していた。

 暖房用の魔石は底を突き、贅沢を極めた絨毯はボロボロになり、隙間風が王族の骨を震わせる。


「……エレナ、エレナ、エレナ……」


 玉座に深く沈み込み、うわ言のようにその名を繰り返すのは、ジークフルトだった。

 彼の右腕は依然として氷に閉ざされたままだが、その色はもはや透明ではなく、どす黒い「絶望の影」を宿している。彼は、エレナが去った後に一度だけ軍を動かそうとした。だが、エル・リヒテンの国境に触れた瞬間、全軍が指先から凍結し、一歩も進めなかったのだ。


「殿下……。帝国からの親書です。……我が国との同盟を正式に破棄し、未払いとなっている魔導資源の賠償として、北部の領地を割譲せよと」


 かつてエレナの優秀さを妬み、彼女を追い出すことに加担した大臣の一人が、震える手で紙片を差し出した。


「北部領だと? あそこにはまだ、わずかながらに鉄鉱石が眠っているのだぞ! それを渡せば、この国は……!」


「……ですが、拒否すれば帝国は即座に宣戦布告すると。……今の我が国には、魔獣一匹を追い払う魔導師すら残っておりません」


 ジークフルトは親書を握りつぶし、床に叩きつけた。

 

 そう。エレナという「最強の盾」を失った王国は、今や周辺諸国にとって、ただの「切り分けられるのを待つ肉」に過ぎなかった。

 

 さらに最悪なのは、ソフィアのことだった。

 鉱山送りにされた彼女は、そこで本性を剥き出しにし、他の囚人たちに「私は聖女なのよ!」と叫び散らした。しかし、魔力を封じられ、顔も泥に汚れた彼女に、かつての魅了の力は微塵も残っていない。

 今や彼女は、誰からも顧みられない狂人として、冷たい石壁を相手に独り言を呟く日々を送っている。


「……ソフィアも、父上も、皆、私を裏切った……。エレナ、お前だけだ……。お前だけが、私を本気で支えてくれていたのに……!」


 ジークフルトの頬を、一筋の涙が伝う。

 だがその涙さえ、流れた瞬間に冷たい風に奪われ、彼の肌を切り裂く氷柱となった。


 ---


 ### エル・リヒテン:真理の最深部


 同じ頃、エル・リヒテンの中心にそびえる『氷華城』の最下層。

 

 エレナは、誰にも見せることのない「実験室」にいた。

 そこには、かつての建国王さえも踏み込めなかった、この世界の「根源」へと至る扉があった。


「……やはり、そうなのね」


 エレナは、空中に浮かぶ巨大な魔導回路のホログラムを見つめていた。

 彼女が『導きの塔』で得た知識。それは、この世界が単なる「自然な大地」ではなく、何者かによって設計された「管理された檻」であるという事実だった。

 

 代々のリヒテンベルクの娘たちが「悪役」として生贄に捧げられていたのは、世界を維持するための負の感情を集める「排気口」が必要だったから。

 そして今、その排気口が塞がれたことで、世界全体の魔力バランスが崩壊し始めている。


「エレナ、何か見つけたのか?」


 背後から、低い、けれど心地よい声が響く。

 そこに立っていたのは、人型へと変化を遂げた銀狼――シルだった。銀髪をなびかせ、金色の瞳を宿した彼の姿は、この世のものとは思えないほど端麗で、同時に峻烈な強さを漂わせている。


「ええ。旧王国が滅びかけているのは、私の復讐の結果だけではないわ。……この世界の『システム』そのものが、私という特異点を排除しようとして、自壊を始めているのよ」


 エレナの瞳に、不敵な光が宿る。

 彼女は、ただの「建国者」に収まるつもりはなかった。

 

「システムが壊れるというのなら、私が新しいシステムを構築するまで。……神が『悪役』を必要とするのなら、私は神そのものを引きずり下ろし、この氷の理で世界を再定義してあげる」


 エレナが床を杖で叩いた。

 瞬間、エル・リヒテンの地下から、黄金の光が全大陸へ向けて放射された。

 

 それは、世界を維持していた旧来の魔術基盤プラットフォームを、エレナ独自の術式で「上書き」していく、神への挑戦状。


「……あら?」


 不意に、エレナは視線を空の一点へ向けた。

 

 そこには、普通の人間には見えない「亀裂」が空に走っていた。

 

 かつて建国王が恐れ、封印したとされる『外なる神々の息吹』。

 世界が弱体化した今、その亀裂から、人知を超えた異形の魔力が漏れ出そうとしていた。


「面白いわ。……この国に手を出そうというのなら、神であろうと化け物であろうと、私の氷で永遠の静寂をプレゼントしてあげる」


 エレナの傍らで、シルが獰猛な笑みを浮かべる。

 

 女王となった「悪役令嬢」の戦いは、もはや人間同士の諍い(いさかい)を超え、世界の命運を賭けた神話の領域へと足を踏み出そうとしていた。

【第三章】第11話をお読みいただき、ありがとうございます!


毎日2~3話投稿を目標にやっています!

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