↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が出会った令嬢は、笑うことを忘れていた  作者: 3色あんこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/24

第5話 積み重なる傷



 季節は、幾度となく巡った。

 春が過ぎ、夏が来て。

 長い夏休みが終われば、また新しい学期が始まる。


 フォーマがカルディア学園へ留学してから、1年が経とうとしていた。


 そして彼らは2学年へ進級していた。



◇


「フォーマ、久しぶり!」


 新学期初日の朝。

 教室へ入ったフォーマに、ニコラスが勢いよく駆け寄ってきた。


「久しぶり」

「帝国には帰ってたんだろ?」

「うん。家族に顔を見せてきた」

「どうだった?」

「楽しかったよ。やっぱり故郷は落ち着くね」

「へえ。今度帝国の話を聞かせてくれよ」

「もちろん」


 その後ろから、エレノアとマリアンヌもやって来る。


「おはよう、フォーマ様」

「おはようございます」

「おはよう、2年生になった実感がないな」


 フォーマが笑う。


「俺もだよ」

「皆様、おはようございます」


 背後から穏やかな声が聞こえた。

 振り返るとそこにはエカテリーナがいた。


「おはよう、カーチャ」

「おはようございます、フォーマ様」

「久しぶり」

「はい」


 彼女も微笑んだ。

 以前よりも自然な笑顔だった。

 一年前と比べれば、明らかに変わっり自然に笑えるようになっている。

 フォーマはそれを嬉しく思っていた。


 だが、彼女の瞳の奥から、完全に疲労が消えたわけではない。

 むしろ以前より、少し深くなっているようにも見えた。



◇


 2年生になってからも、彼らの関係は変わらなかった。


 授業

 勉強会

 昼食

 時には王都の菓子店巡り。


 6人はいつも一緒だった。

 エカテリーナも、以前より積極的に会話へ参加するようになった。


「この前の歴史の課題、面白かったですね」

「だよな」


 ニコラスが頷く。


「王国建国期の地図、今と全然違うんだよ」

「ええ。南部の地形もかなり変わっています」

「カーチャ、詳しいね」

「歴史が好きですから」

「じゃあ今度、帝国の歴史も教えるよ」

「楽しみにしています」


 そんな穏やかな日々。

 けれどマルケールとの関係だけは、少しずつ悪化していた。

 いや悪化したというより、マルケールの態度が、徐々に変質していった。



◇


 最初は些細なことだった。


「エカテリーナ、今日は私の側に来なくていい」


 そう言われることが増えた。

 そして次第に。


「君と話していると疲れる」

「そんなに私を見張るな」

「君は王太子妃になるのだから、もっと愛想よくできないのか」


 言葉がきつくなっていった。

 そして公の場でも。


「私の婚約者は、どうも勉強が苦手でね」


 などと笑うようになった。

 周囲の者たちは、それを冗談だと思っていた。

 しかしフォーマには分かっていた。

 マルケールは、本気でエカテリーナの価値を下げようとしている。



◇


 秋

 学園祭が近づいていた。


 ある日の放課後。

 図書室で勉強していた5人の前に、エカテリーナがやって来た。


「皆様……少しよろしいでしょうか」

「どうしたの?」


 エレノアが尋ねる。


「……少し、お話したいことが」


 エカテリーナは椅子に座った。

 そして、しばらく黙っていた。


「実は最近……私物が、なくなるのです」

「……何?」


 ニコラスの顔から笑顔が消えた。

 エカテリーナは膝の上で手を握る。


「最初は私の勘違いだと思っていました。ですが、何度も続いています」

「何がなくなったの?」


 マリアンヌが尋ねる。


「教科書ですとか……ノートですとか」

「それなら誰かが間違えて持っていった可能性も──」

「昨日はペンケースの……中に入れていたペンが、全て折られていました」

「……」


 誰も言葉を発しなかった。


「それから」


 彼女はさらに続ける。


「魔法実習用の手袋が切られていました」

「切られて?」

「はい」


 エレノアが眉を寄せる。


「怪我は?」

「幸いありませんでした」

「幸いって……」


 アーサーが拳を握る。


「それ、明らかに誰かがやってるだろ」

「私もそう思います」


 エカテリーナは俯いた。


「ですが……証拠がありません」

「先生には?」

「相談しました」

「何て?」

「気のせいではないか、と」

「……は?」


 ニコラスが声を荒らげる。


「そんなわけ──」

「ニコラス」


 フォーマが静かに制した。

 だがその声は普段より低かった。


「……いつから?」


 エカテリーナが顔を上げる。


「はい?」

「私物がなくなったり、壊されたりするようになったのは、いつから?」

「……2ヶ月ほど前です」

「2ヶ月」


 フォーマは考える。


「頻度は?」

「週に一度くらい……でしょうか」

「最近は?」

「……増えています」


 エカテリーナの指が震えた。


「先週は三度ありました」


 エレノアが息を呑む。


「三度……?」

「はい」


 フォーマは目を伏せた。

 これは偶然ではない、誰かが意図的にやっている。

 しかも徐々にエスカレートしている。


「どうして、もっと早く言ってくれなかったの?」


 エレノアが尋ねる。

 エカテリーナは困ったように笑った。


「皆様にご迷惑をおかけしたくなかったので」

「迷惑なんかじゃない」


 即答したのはフォーマだった。


「俺たちは友達だろ?」

「……」

「友達が困ってるなら、助けるのは当たり前だよ」

「ですが……」


 フォーマは少しだけ笑う。


「それに、俺たちが気づかないところで、もっと酷いことになったら困る」

「……」


 エカテリーナは目を伏せた。


「ありがとうございます」


 その声は小さかった。


「では、今後は何かあったらすぐに言ってください」


 マリアンヌが優しく言う。


「私たちも気をつけて見ておきます」

「私も」


 エレノアが頷く。


「俺もだ」


 ニコラスも続く。


「もちろん俺も」


 アーサーが眼鏡を押し上げた。


「ありがとう……ございます」


 エカテリーナは深く頭を下げた。



◇


 その日の帰り道。


 フォーマは一人、廊下を歩いていた。

 いつもの柔らかい笑みは消え、氷のように冷たい表情だけ。

 考えているのは、先ほどの話。


 私物の紛失。

 故意的な破損。

 頻度の増加。

 そして教師がまともに取り合わなかったこと。


「……誰がやっている?」


 小さく呟く。

 犯人は分からないが、誰が得をするのか。

 それを考えれば、ある程度は絞れる。

 その時。


「フォーマ様」


 背後から声をかけられた。

 振り返ると、エカテリーナがいた。


「カーチャ?」

「少し……よろしいでしょうか」

「もちろん」


 彼女は少し迷った後、口を開いた。


「先ほどのお話ですが」

「うん」

「……本当に、大丈夫です」

「何が?」

「私のことです」


 フォーマは黙った。


「これくらいなら、慣れていますから」


 その言葉を聞いた瞬間、フォーマの中で何かが切れた。


「……カーチャ」

「はい?」

「それ、もう言わないで」

「……」


 フォーマは彼女を見る。


「『慣れているから大丈夫』って言葉……それは、大丈夫じゃない人が言う言葉だから」

「……」

「君が傷ついているなら、傷ついているって言っていい」


 エカテリーナの瞳が揺れる。


「嫌なら、嫌だと言っていい」

「……はい」

「怖いなら、怖いと言っていい」

「……はい」

「助けてほしいなら、助けてって言っていい」

「……はい」


 彼女の瞳に、涙が浮かぶ。


「……では」

「うん」

「もし……」


 エカテリーナは唇を震わせた。


「もし、これからもっと酷いことになったら……助けていただけますか?」


 フォーマは迷わず答えた。


「もちろん」


 エカテリーナは目を伏せる。


「……ありがとうございます」

「うん」


 2人の間に沈黙が流れた。

 やがてエカテリーナが小さく微笑む。


「それでは……また明日」

「また明日」


 彼女が去っていく。

 フォーマはその背中を見送った。

 そして誰にも聞こえない声で呟いた。


「……もう、見過ごせないな」



◇


 それから数週間


 状況はさらに悪化した。


 ノートが破られ、制服に飲み物をかけられ、机の中に悪意ある手紙を入れられ、魔法道具を壊される。


 それでもエカテリーナは耐え続けた。

 そしてフォーマたちも、彼女を一人にしないようにした。


 教室へ行く時も、昼食を取る時も、図書室へ行く時も。

 必ず誰かが一緒にいる。

 だが嫌がらせは止まらなかった。

 むしろエカテリーナの周囲に味方が増えたことで、誰かが意図的に彼女を狙っているかのように、その頻度は増していった。


 そして冬が近づいた頃。

 フォーマは、ある噂を耳にした。


「最近、殿下がエカテリーナ嬢を正式に婚約者から外すつもりらしい」


 ニコラスが険しい顔で言った。


「……何?」


 フォーマが顔を上げる。


「まだ噂だ。だけど、王宮でもそういう話が出ているらしい」

「理由は?」

「さあな」


 ニコラスは首を振った。


「ただ……」

「ただ?」

「殿下が最近、妙に機嫌がいいらしい」


 フォーマの胸に、嫌な予感が走った。

 まだ何が起きるのかは分からないが、何かが変わろうとしている。

 そんな気がしてならなかった。


 そして、それから数ヶ月後。

 カルディア学園に、一人の新入生が姿を現す。


 彼女の名前は──バーバラ・ルイス。


 この少女の登場がエカテリーナの運命を、大きく変えることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。