↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が出会った令嬢は、笑うことを忘れていた  作者: 3色あんこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/24

第4話 王太子の命令



 定期試験の結果が発表されてから、しばらく経った。


 フォーマにとっては、相変わらず穏やかな学園生活が続いていた。

 授業を受け、友人たちと昼食を取り、放課後には図書室で勉強する。

 時には王都の菓子店へ足を運び、ブライト王国の文化についてエカテリーナから話を聞くこともあった。


 もちろん、二人きりではない。

 いつもニコラスやエレノア、マリアンヌ、アーサーが一緒だった。


「フォーマ様この前言ってたお菓子ですが」

「ん?」

「帝国には似たようなものはあるのですか?」


 ある日の昼休み。

 中庭のテーブルを囲みながら、エカテリーナがフォーマに尋ねる。


「似たものはあるけど、少し違うね」

「どんな風に?」

「帝国のものはもう少し甘さが強い印象があるな、こっちの菓子は果物の酸味を生かしたものが多いと思う」

「そうなのですね」


 エカテリーナは真剣に頷いた。


「じゃあ、今度は帝国のお菓子を食べてみたいわ」


 エレノアが言う。


「いいよ。次に帝国から菓子を送ってもらう時に頼んでみる」

「本当に?」

「もちろん」

「楽しみです」


 マリアンヌも笑う。

 その隣で、エカテリーナも小さく笑っていた。


 以前よりも、彼女はよく笑うようになった。

 少なくとも、この仲間たちといる時は。

 フォーマはそれを嬉しく思っていた。


 だが、その穏やかな日々は、ある日突然終わりを告げた。



◇


 その日の午後、歴史学の授業が終わった直後だった。


「エカテリーナ」


 教室を出ようとしたエカテリーナを、マルケールが呼び止めた。

 彼女はすぐに振り返る。


「はい、殿下」

「次の試験では、もう少し努力したらどうだ」

「……努力、ですか?」

「ああ」


 マルケールは周囲にいる生徒たちを意識するように、わざと大きな声で言った。


「先日の試験でも、私とは大きく差がついた」


 教室に残っていた生徒たちが、何人か振り返る。

 エカテリーナは静かに答えた。


「申し訳ございません」

「謝れば済む問題ではない」

「……はい」

「君は私の婚約者だ」


 マルケールの声が強くなる。


「将来、王太子妃となる者が私よりはるか下位にいるなど、あってはならないだろう」


 エカテリーナの表情が僅かに強張った。


「ですが……」

「何だ?」

「……いえ」


 彼女は言葉を飲み込んだ。

 フォーマは少し離れたところから、その様子を見ていた。

 そして、マルケールが小声で口にした次の言葉に眉を寄せる。


「次の試験でも、私より上に立つな」

「……」

「分かっているな?」

「はい」


 エカテリーナは頭を下げた。


「承知いたしました」


 マルケールは満足したように頷き、その場を去っていった。

 教室に重い沈黙が残る。


「……今の」


 ニコラスが小声で呟く。


「聞いたか?」

「ええ」


 エレノアの表情が険しくなる。


「また言ったわね」


 マリアンヌも心配そうにエカテリーナを見る。


「エカテリーナ様……」

「大丈夫です」


 エカテリーナは微笑んだ。


「いつものことですから」


 その言葉に、フォーマは胸の奥がざらつくような感覚を覚えた。


 ──いつものこと。


 それを当たり前のように言う。

 それほど長く、彼女はこの扱いに耐えてきたのだ。


「カーチャ」

「はい?」

「……何でもない」


 フォーマは言葉を飲み込んだ。

 ここで怒っても仕方がない。

 マルケールはこの国の王太子で、自分はただの留学生。

 今の自分が感情に任せて口を挟めば、エカテリーナの立場を余計に悪くする可能性がある。

 だからこそフォーマは別の方法を選んだ。


「じゃあ、勉強会に行こう」

「え?」

「今日も図書室を取ってあるんだろ?」


 ニコラスが頷く。


「もちろん」

「なら、行こう」


 フォーマはエカテリーナに笑いかけた。


「歴史学、俺が分からないところがあるんだ。教えてくれる?」

「……私でよければ」

「君がいい」


 その言葉に、エカテリーナが少しだけ目を丸くする。


「では……参りましょう」

「うん」


 6人は教室を出た。



◇


 それから数日

 マルケールの態度は、徐々に露骨になっていった。

 食堂でエカテリーナが席につこうとすれば、「そこは私の友人が使う」と別の席へ追いやる。


 授業で教師が彼女を褒めれば、「たまたまだろう」と笑う。

 魔法実技で良い結果を出せば、「その程度のこと、王太子妃なら当然だ」と言う。

 そして、それを聞いていた取り巻きたちも、次第にエカテリーナへ言葉を投げるようになった。


「殿下も大変だな」

「婚約者があの程度ではな」

「公爵令嬢だからって、少し偉そうなんじゃないか?」

「王太子殿下より成績が低いのだから仕方ないだろう」


 エカテリーナは何も言い返さない、ただ静かに頭を下げる。

 それが、彼らにとっては余計に都合がよかった。


 反論しない、怒らない、泣かない。

 だから何を言ってもいい。

 そんな空気が、少しずつ広がっていた。



◇


 ある日の放課後

 廊下で一人の男子生徒がエカテリーナの前に立った。


「おい、公爵令嬢」

「……何でしょうか?」

「王太子殿下に迷惑をかけるなよ」

「私は何も──」

「成績も悪いくせに、殿下の婚約者という立場だけは立派だな」

「……」


 エカテリーナの顔から笑みが消える。


「殿下が言っているんだ。お前は自分より上に立つなってな」

「それは……」

「だったら大人しくしていればいい」

「──おい」


 低い声が響いた。

 男子生徒が振り返ると、そこにはフォーマが立っていた。

 その後ろにはニコラス、エレノア、マリアンヌ、アーサーもいる。


「何だ、留学生」

「今の、もう一度言ってみて」


 フォーマは笑っていなかった。


「この国の王太子がやっているんだから平気だ、とでも?」

「そうだ」


 男子生徒は鼻で笑った。


「殿下が許しているんだ。お前に口出しされる筋合いはない」

「……そう」


 フォーマは一歩近づく。


「じゃあ聞くけど」

「何だ?」

「王太子が誰かを殴ったら、君も殴っていいの?」

「は?」

「王太子が盗みを働いたら、君も盗むの?」

「そんな話をしているんじゃ──」

「同じだろ」


 フォーマの声は静かだった。


「王太子がしているから、自分もしていい。そんな理屈が通るなら、法律なんていらない」

「留学生風情が……!」

「留学生だからこそ分からないんだよ」


 フォーマは真正面から彼を見る。


「君たちの国では、王太子が命令すれば、人を傷つけても許されるのか?」

「……」

「もしそうなら、俺の国とは随分違うね」


 男子生徒は言葉を詰まらせた。

 その隙にエレノアが口を挟む。


「それ以上になさいな」

「……!」

「私も、あなたがエカテリーナ様にそのような口を利くのは見過ごせませんわ」


 マリアンヌも静かに続ける。


「私も同意します」

「俺もだ」


 アーサーが頷く。

 ニコラスは男子生徒の肩を叩いた。


「ほら、もう行けよ」


 男子生徒は舌打ちし、その場を去っていった。

 静かになった廊下。

 フォーマはエカテリーナを見る。


「大丈夫?」

「……はい」

「本当に?」

「……」


 エカテリーナは少しだけ俯いた。


「以前は……」

「うん?」

「このようなことを言われても、何も感じませんでした」


 フォーマは黙って聞く。


「ですが、最近は……少しだけ苦しいと思うようになってしまって」


 エカテリーナの声が震える。


「皆様とお話しするようになってから……以前よりも、自分が惨めに思えてしまうのです」


 フォーマはしばらく黙っていた。


「それは、君が弱くなったんじゃないよ」

「……え?」

「逆だと思う」


 フォーマは穏やかに言った。


「今まで何も感じなかったのは、傷つかないように諦めていただけなんじゃないかな」

「……」

「でも今は、君をちゃんと見てくれる人がいる」


 ニコラスを、エレノアを、マリアンヌを、アーサーを見る。


「だから、傷つくことを知ったんだと思う」


 エカテリーナの瞳が揺れる。


「……それは、良いことなのでしょうか?」

「少なくとも」


 フォーマは笑った。


「俺は、君が何も感じない人になるよりずっといいと思うよ」


 エカテリーナは何も言わなかった。

 ただ目元に浮かんだ涙を、そっと指で拭った。


「……ありがとうございます」

「うん」

「フォーマ様」

「何?」

「私は……」


 エカテリーナは何かを言いかけた。

 けれど、結局首を振った。


「いえ。何でもありません」

「そっか」


 フォーマは追及しなかった。

 ただ、彼女の隣に立ち、ニコラスたちも自然にその周囲へ集まる。

 誰も何も言わない、それで十分だった。



◇


 その日の夜

 エカテリーナは自室の窓から、王都の明かりを眺めていた。

 長い間、何を言われても、何をされても、自分さえ我慢すればいいと思っていた。


 婚約者だから、王太子だから、未来の王太子妃だから。

 そう言い聞かせてきた。

 けれど最近は違う。

 フォーマと出会って、エレノアたちと話すようになって、自分にも、笑っていい時間があるのだと知った。

 だからこそ今まで気づかなかった苦しさまで、感じるようになった。


「……私」


 胸元に手を当てる。


「本当は……嫌だったのかもしれません」


 そんな言葉を口にしたのは、初めてだった。



 そして同じ頃、王宮では。


「最近、エカテリーナの周囲に妙な連中が集まっているようだな」


 マルケールが不機嫌そうに呟いていた。


「特に、あの留学生……フォーマ・バイエンスとかいう男」


 その目には、これまでにはなかった苛立ちが浮かんでいた。


「余計なことを吹き込まれなければいいが」


 誰にも聞こえないほど小さな声でマルケールは呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。