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俺が出会った令嬢は、笑うことを忘れていた  作者: 3色あんこ


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第21話 卒業の宴、その幕が上がる



 卒業パーティ当日。

 王都の大広間は、朝から華やかな空気に包まれていた。

 色とりどりのドレス。

 煌びやかな礼装。

 天井から吊るされた無数の魔石灯が、会場全体を淡い光で照らしている。


「まあ……!」

「素敵ですわ!」

「エカテリーナ様、本当にお綺麗です!」


 周囲から感嘆の声が上がる。

 藤色のドレス。

 その胸元から裾へ流れるように咲く、水色の花。

 そして髪には、フォーマから贈られたダイヤモンドの髪飾り。


「ありがとうございます」


 エカテリーナは少し恥ずかしそうに笑う。

 その隣には水色のアクセントが入った礼装を纏ったフォーマ。

 襟元には藤色の宝石が輝くネクタイブローチと、袖口にも同じ宝石を使ったカフスボタン。


「お2人とも、本当にお似合いですわ!」


 ナナリーが嬉しそうに言う。


「ええ。まるで最初から合わせることを決めていたようですわね」


 シシリアが微笑む。


「……そう見えますか?」


 エカテリーナが頬を染める。


「見えますとも」


 ニコルが笑う。


「ねえ?」

「もちろんですわ!」


 マリアンヌとエレノアも揃って頷く。


「フォーマ様の藤色の宝石、とても素敵です!」

「エカテリーナ様の髪飾りも!」

「そうでしょう?」


 エカテリーナが嬉しそうに髪へ触れる。


「フォーマ様が贈ってくださったのです」

「まあ!」

「それはもう……!」

「ふふ」


 6人の令嬢たちが楽しそうに笑う。

 フォーマも少し離れたところで、その様子を眺めていた。

 エカテリーナが心から笑っている。

 以前よりもずっと自然にフォーマの前で笑っている。

 その光景を見ているだけでフォーマの胸の奥にも、静かな喜びが湧いていた。

 その時フォーマの視線が、ふと会場の端へ向いた。


「……」


 一人の青年、アシェル準男爵家の嫡男。

 その視線はまっすぐエカテリーナへ向けられていた。

 その顔には驚愕、そして信じられないという色が浮かんでいる。


「……」


 フォーマが目を細める。

 青年はまるで何かを見てはいけないものでも見たかのようにエカテリーナを凝視していた。

 そして小さく呟く。


「……なぜ……」


 フォーマは聞き取れなかった。

 だが口の動き、そしてその表情は見逃さない。


「……」


 フォーマは何気ない仕草で指を一度動かした。

 離れた場所にいた部下が僅かに頷く。


 ──追え。


 部下は何食わぬ顔でアシェル準男爵子息の後を追っていった。

 フォーマは何事もなかったかのようにエカテリーナへ戻る。


「フォーマ様?」

「どうしたの?」

「いえ……」


 フォーマは笑う。


「何でもないよ」

「そうですか?」

「うん、今は楽しもう」

「……はい!」


 エカテリーナが笑った。



◇


 そして楽しい時間は唐突に終わりを告げる。


「皆の者!」


 会場中央。

 マルケール・オールブライトが声を上げた。


「今日は卒業を祝う場だ」


 誰もが王太子へ視線を向ける。


「だが、その前に!」


 マルケールは隣にいるバーバラの肩を抱き寄せた。

 バーバラは嬉しそうに微笑む。


「ここにいるエカテリーナ・フルーネフェルト公爵令嬢について、皆に伝えなければならないことがある!」


 ざわめき。

 エカテリーナの顔から血の気が引く。


「……始まりましたわね」


 ニコルが小さく呟く。

 フォーマは何も言わない。

 ただエカテリーナの隣に立ったまま、静かに前を見ていた。


「エカテリーナ!」


 マルケールが叫ぶ。


「お前は長年、私の婚約者という立場を利用し、私の成績や立場を脅かしてきた!」

「……!」

「さらにはバーバラへの嫌がらせまで繰り返した!」

「しておりません!」


 エカテリーナが否定する。


「証拠ならある!」


 マルケールが叫ぶ。


「証人もいる!」


 次々と王太子側に立つ生徒たちが前へ出てくる。


「私は見ました!」

「エカテリーナ様がバーバラ様を睨みつけているところを!」

「私もです!」

「バーバラ様の私物が壊された時、エカテリーナ様がその近くにいたと聞いています!」

「エカテリーナ様は以前からバーバラ様を敵視していました!」


 証言が次々に積み重ねられていき、会場の空気が重くなる。

 マルケールは勝ち誇ったように笑う。


「どうだ!」


 だが。


「──以上ですか?」


 静かな声が響いた。

 ニコルだった。


「……何?」

「証言は、以上ですかと尋ねております」


 ニコルは後ろを振り返る。


「持ってきて」

「はい」


 控えていた侍女が大量の書類を抱えて前へ出た。


「……何だ、それは」


 マルケールの顔が歪む。

 ニコルが書類を一枚取り出す。


「こちらは、先ほどの証言者の一人が、事件当日は別の場所にいたことを示す記録です」

「……!」

「こちらは教師の証言、こちらは魔法授業の出席記録、更にこちらは使用人の証言」

「待て!」


 マルケールが叫ぶ。


「そんなもの!」

「まだございます」


 ニコルは止まらない。


「王太子殿下がおっしゃった証言とも矛盾しております」

「な──」


 ニコルの表情が冷たくなる。


「そして、こちらは証言者たちの身辺調査報告書です」


 会場がざわつく。


「借金、賭博、不正な金銭の受け取り、横領」

「なっ……!」

「そして王太子殿下の周辺人物との不自然な接触記録」


 証言者たちの顔が青ざめる。


「違う!」

「話が違う!」

「俺はそんなことまで聞いていない!」

「証言すればいいだけだと言われたんだ!」

「おい!」


 マルケールが叫ぶ。


「黙れ!」


 だがもう遅い証言者たちは次々と口を開き始める。


「私は本当に見ていません!」

「金を渡されたんです!」

「王太子殿下の側近から頼まれただけです!」

「私は脅されたんだ!」

「話が違うじゃないか!」


 会場が混乱する。


「……なんという杜撰な計画」


 シシリアが静かに言った。

 マルケールが振り返る。


「何だと?」

「これほど簡単に証言が覆るとは」


 シシリアは冷静だった。


「本当にエカテリーナ様を断罪するおつもりでしたら、もう少し綿密に準備なさるべきでしたわ」

「貴様……!」

「王太子殿下」


 シシリアは一歩も退かない。


「感情だけで人を罪に問うことが、王族に許された権利だとお思いですか?」

「黙れ!」


 マルケールが激昂する。


「お前たち、何様のつもりだ!」

「事実を申し上げているだけです」

「この──!」


 マルケールがシシリアへ向かって手を伸ばした。


「シシリア!」


 その瞬間、誰かが前へ出た。


「そこまでです!」


 2人の青年がシシリアの前に立ちはだかる。

 ニコラスとアーサー。

 マルケールの手が止まった。


「子爵風情が!下がれ!」


 マルケールが怒鳴る。

 ニコラスは微動だにしない。


「下がりません」

「何だと?」

「いくら王族であろうとも」


 ニコラスは真っ直ぐマルケールを見据え1歩前に出る。


「男が女に手を上げるなど、言語道断です」


 会場が静まり返った。

 フォーマは静かにエカテリーナの前へ立った。

 まるで彼女を守る壁のように。


「……」


 その瞳からいつもの柔らかな光が消えていた。

 卒業パーティの華やかな空気はもうどこにもない。

 誰もが息を呑む中断罪劇の幕は。


 まだ──上がったばかりだった。

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