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俺が出会った令嬢は、笑うことを忘れていた  作者: 3色あんこ


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第2話 彼女を知る者たち



 フォーマがカルディア学園へ入学してから、1ヶ月が経った。

 最初は、慣れない環境に適応するだけで精一杯だった。


 授業の進め方。

 教師たちの教え方。

 ブライト王国独自の魔法理論。

 そして何より、貴族社会特有の距離感。


 帝国の学園とは、似ているようで随分と違う。


「フォーマ!」


 昼休み。

 中庭へ向かっていたフォーマは、背後から呼び止められて振り返った。


「ニコラス」

「探したぞ」


 駆け寄ってきたのは、茶髪に金の瞳の同学年の男子生徒だった。

 ニコラス・フェルディア。

 伯爵家の三男で、気さくな性格のため身分の割に友人が多い。


「何か用?」

「昼メシ、一緒に食べようと思ってな」

「いいよ」

「よし。じゃあ、こっちだ」


 ニコラスに連れられて中庭の奥へ進む。

 そこにはすでに3人の生徒がいた。


「遅いわよ、ニコラス」

「悪い悪い。フォーマを連れてきた」

「初めまして。フォーマ・バイエンスです」


 フォーマが挨拶すると、金髪にスモークバイオレットの瞳をした少女が立ち上がった。


「エレノア・グレイフォードです。侯爵家の娘ですわ」


 その隣には、黒髪に赤い瞳をした少女。


「マリアンヌ・セヴェル。子爵家です」


 そして、眼鏡をかけた金髪に琥珀色の瞳の少年が本から顔を上げた。


「アーサー・ベルク。同じく子爵家だ」

「よろしく」


 フォーマも席につく。


「それで?」


 エレノアが早速尋ねた。


「帝国からの留学生活はどう?」

「楽しいよ。知らないことばかりだからね」

「帝国とブライト王国では、やっぱり違う?」

「結構違うね。特に魔法教育は面白い」

「へえ」


 そんな話をしていると、ニコラスがふと思い出したように言った。


「そういえば、エカテリーナ嬢とはもう話したか?」

「うん」


 フォーマが答える。


「何度か一緒に授業を受けたよ」

「やっぱりか」


 ニコラスが意味ありげに笑った。


「?」

「いや、君なら仲良くなると思ってたんだ」

「どうして?」

「フォーマは帝国から来たばかりだろ?この国のことを知りたいなら、あの人ほど適任はいない」


 するとエレノアが頷いた。


「ええ。エカテリーナ様は博識だもの」

「そうなの?」


 フォーマが聞き返すと、3人が顔を見合わせた。


「……知らなかったの?」


 マリアンヌが驚いたように尋ねる。


「何を?」

「エカテリーナ様が、本来なら学年でも上位の成績に入る方だということ」


 フォーマは少しだけ目を細めた。


「ああ、やっぱりそうなんだ」

「やっぱり?」

「魔法実習で一緒になったんだ。あの人の魔力操作はかなり正確だったからね」

「でしょうね」


 エレノアが苦笑した。


「私たちは前から気づいていたわ」

「……前から?」

「ええ」


 マリアンヌが静かに口を開く。


「エカテリーナ様は、授業中に教師が質問すると、ほとんどの場合答えが分かっているもの」

「でも、手を挙げない」

「そう」


 アーサーが眼鏡を押し上げた。


「試験でも、わざと時間を余らせているように見える。答案を見せてもらったことがあるわけではないが、普段の授業での理解度を考えれば、あの順位は明らかに不自然だ」

「……なるほど」


 フォーマは小さく頷いた。


「君たちは、どうして何も言わないの?」


 問いかけると、4人は少し黙った。

 やがてエレノアが答えた。


「言えると思う?」

「……」

「相手は王太子殿下よ」


 その言葉に、フォーマは何も返さなかった。

 エレノアは苦々しそうに続ける。


「私たちだって、エカテリーナ様が本当はもっと優秀だって知っている。でも、本人が何も言わない以上、私たちが勝手に騒ぎ立てるわけにもいかないでしょう」


 マリアンヌが俯いた。


「それに、エカテリーナ様は、殿下を立てることを何より優先していらっしゃるから」

「……婚約者だから?」

「ええ」


 フォーマは静かに息を吐いた。

 やはり前に聞いた言葉は、彼女にとって特別なものではなかった。

 もう何年も続けてきたことなのだろう。


「でも、勿体ないな」

「え?」

「彼女はもっと色々なことを学べるはずなのに」


 フォーマは空を見上げる。


「能力を隠すことが美徳になるなんて、俺には理解できない」

「帝国では違うの?」

「少なくとも、俺の周りでは実力主義だからね」


 もちろんこれは半分だけ本当だった。

 ゼレノイ帝国では、優秀であることは誇りとされる。

 特に学問や魔法の才能を持つ者が、それを故意に隠すことなど滅多にない。

 フォーマは視線を戻した。


「だからって、俺が何か口を出すつもりはないけど」

「……意外ね」


 エレノアが言った。


「何が?」

「もっと強引に助けようとする人かと思った」

「俺は留学生だからね」


 フォーマは笑った。


「他国の王太子と、その婚約者の問題に首を突っ込むほど無謀じゃないよ」

「それなら安心したわ」


 エレノアも笑う。


「ただし」


 フォーマは続けた。


「友達として話すくらいなら問題ないだろ?」

「もちろん」


 ニコラスが即答した。


「むしろ俺たちもその方が助かる」

「助かる?」

「エカテリーナ嬢、最近ちょっと一人でいることが多いからな」


 フォーマは少しだけ目を伏せた。


「……そう」

「だからさ」


 ニコラスが手を広げる。


「ここにいる時くらい、みんなで楽しく話せばいい」

「賛成」


 マリアンヌが微笑む。


「私もエカテリーナ様とお話しするのは好きです」

「私も」


 エレノアが続く。


「それなら決まりだな」


 アーサーが本を閉じた。


「勉強会でも開くか?」

「勉強会?」

「先日の魔法理論。教師の説明が分かりにくかった」

「ああ、それなら俺も聞きたい」

「では、エカテリーナ様にも声をかけましょう」

「そうしよう」


 フォーマは頷いた。


「……何を話しているの?」


 背後から声がした。

 振り返ると、エカテリーナが立っていた。


「エカテリーナ嬢」


 フォーマが笑う。


「ちょうど君の話をしてた」

「私の?」

「うん。勉強会をするんだけど、参加しない?」

「私が?」

「もちろん」


 エカテリーナは少し戸惑ったように周囲を見る。

 そこにいるのはフォーマだけではない。


 ニコラス、エレノア、マリアンヌ、アーサー。


 皆が自然な笑顔で彼女を見ている。


「……よろしいのですか?」

「何が?」

「私が参加しても」

「どうして駄目なの?」

「……いえ」


 エカテリーナは小さく首を振った。


「では、ぜひ」

「よし、決まり」


 ニコラスが笑った。


「じゃあ放課後、図書室な」

「分かりました」


 エカテリーナも微笑む。

 その表情を見て、フォーマは思った。


──昨日より、少しだけ自然な笑顔だ。



◇


 放課後


 図書室の一角に6人が集まった。

机の上には教科書や魔導書が並べられている。


「この術式の第四節が分からないんだけど」


ニコラスが頭を抱える。


「ここは前の第二節と繋がっているんです」


エカテリーナが教科書を指した。


「この魔力の流れを一度こちらへ戻すことで、次の術式が成立します」

「……あ」

「へぇー」

「分かりやすい」


三人が口々に感心する。

フォーマは黙って彼女の説明を聞いていた。

やはり知識量も、理解力も申し分ない。

しかも説明が上手く、人に教えることにも慣れている。


「エカテリーナ嬢」

「はい?」

「この術式、応用すると別の形にもできる?」

「できます」


即答だった。

エカテリーナは紙を一枚取り、さらさらと術式を書き始める。


「例えば、こちらの魔力経路を、こうやって──」


数十秒後。

そこには元の術式を改良した別の魔法陣が完成していた。


「……と言うことができます」

「凄い……」


マリアンヌが呟く。


「これなら魔力消費も抑えられますね」

「ええ」


エカテリーナが頷く。

その顔は、生き生きとしていた。

フォーマはそれを見て、ほんの少し笑った。


「やっぱり、君はこうしている方が似合うよ」

「……?」

「楽しそうだね」


エカテリーナは一瞬きょとんとした。

それから、少し照れたように目を伏せる。


「……そうでしょうか?」

「うん」

「でしたら……嬉しいです」


その光景を見ながら、エレノアが小さく笑った。


「エカテリーナ様」

「はい?」

「また今度、一緒に勉強会をしましょう」

「……!」


エカテリーナが顔を上げた。


「よろしいのですか?」

「もちろん」

「私もご一緒したいです」


マリアンヌも微笑む。


「俺も」


ニコラスが手を挙げる。


「時折開いてくれると助かる」


アーサーも続いた。


「では、私も……」


エカテリーナは皆を見回した。


「……ありがとうございます」


小さく頭を下げた。

その声は、いつもより少しだけ明るかった。



◇


その日から、フォーマがエカテリーナと話す時には、自然とニコラスたちも周囲にいるようになった。


昼食も勉強会も、図書室で本を探す時も、時には王都の菓子店について話すこともあった。


「この店のタルトは美味しいですよ」

「本当?」

「ええ。特に季節限定のものがおすすめです」

「じゃあ今度行ってみようかな」

「私もご一緒しましょうか?」

「いいね。みんなで行こう」

「それなら私も!」


仲のいい友人達との何気ない会話。

楽しそうに笑っている姿を見た周囲の生徒たちも、エカテリーナの自然な笑顔を受け入れるようになっていた。


「バイエンスとフルーネフェルト嬢って仲がいいよな」

「二人とも勉強が好きだからじゃない?」

「留学生なら、この国について教えてもらうのにフルーネフェルト嬢は最適だもの」


そんな風に、周囲には受け止められていた。

そしてフォーマ自身も、その距離感を意識していた。


エカテリーナを守るため、余計な噂を生まないため。

そして何より、彼女が再び誰かの都合によって傷つけられることがないように。

まだ、ほんの小さな友情だった。


そして、エカテリーナの周りには、少しずつ人が増えていた。

王太子の婚約者だからではない。

公爵令嬢だからでもない。

ただ、エカテリーナ・フルーネフェルトという一人の少女と話したいと思う者たちが。


そしてその輪の中心で、フォーマは静かに彼女を見ていた。


──彼女が、自分の力を隠さなくても笑える日が来ればいい。


その時はまだフォーマ自身も、それが自分の願いになるとは思っていなかった。

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