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俺が出会った令嬢は、笑うことを忘れていた  作者: 3色あんこ


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第19話 裂かれたドレス



 とある一室。

 窓には厚いカーテンが引かれ、外から差し込む光を遮っていた。

 室内にいるのは、3人。

 机の上には一通の書類が置かれている。

 最後の署名を確認した人物が、ゆっくりと顔を上げた。


「……これで正式に決まった」

「はい」


 向かいに立つ人物が、静かに頷く。

 その声には、安堵と、わずかな緊張が入り混じっていた。


「今まで苦労をおかけました」


 もう一人が、申し訳なさそうに告げる。


「いえ、そんな……」


 返事をした人物は、困ったように首を横に振った。


「私のせいで、ここまでご迷惑を……」

「仕方あるまい」


 最初の人物が、静かに口を開いた。


「こうするしかなかったのだ。あのままでは、いずれ取り返しのつかないことになっていた」

「気にする必要はないわ」


 もう一人が、優しく言葉を添える。


「取り返しのつかないことになる前に決断できたのだから、これでよかったのよ」

「ですが……」

「我々の言葉を気にするな」


 最初の人物は、机の上の書類を封筒にしまった。

 そして、念を押すように告げる。


「それより、この件は約束の日まで誰にも話さないように」

「……はい。かしこまりました」


 深く頭を下げる人物。

 その表情には、まだ晴れない迷いが残っていた。

 けれど、決断はすでに下された。

 もう、後戻りはできない。

 やがて3人部屋を出ていった。

 残された室内には、誰もいない。

 机の上には、封筒をしまった跡だけが残っていた。


 ──約束の日まで、あと少し。

 その日が訪れたとき、何が明らかになるのか。

 それを知る者は、まだ限られていた。



◇


 卒業パーティまで、あと2ヶ月。


 その日。

 エカテリーナはフォーマと共に、王都でも名高い仕立て屋──マダム・モーリーの店を訪れていた。


「こちらが、エカテリーナ様のドレスでございます」


 マダム・モーリーが嬉しそうに告げる。


「先日、追加の装飾も施しましたので、どうぞご覧くださいませ」

「はい……!」


 エカテリーナの顔がぱっと明るくなる。

 フォーマも隣で微笑んでいた。


「楽しみだね」

「はい!」


 マダムが衣装室へ案内する。

 そこには大きな衣装カバーに包まれたドレスが一着、吊るされていた。


「それでは……」


 マダムがカバーに手をかける。

 そしてゆっくりと、布を開いた。

 次の瞬間。


「きゃあああああっ!」


 マダム・モーリーの悲鳴が店内に響き渡った。


「────っ!?」


 エカテリーナは立ち尽くした。

 藤色の美しいドレス。

 その胸元から裾にかけて、大きく無惨に裂かれていた。

 せっかく施された水色の装飾も一部が切り裂かれている。


「そ、そんな……」


 エカテリーナの唇が震える。


「昨日までは……確かに……も、申し訳ございません!エカテリーナ様!」


 マダムが青ざめる。


「私どもの管理に不備があったとしか……!」

「……」


 エカテリーナは答えられなかった。

 ただ目の前のドレスを見つめる。

 何ヶ月も前から楽しみにしていた。

 皆で相談して。

 自分で色を選んで。

 フォーマと並んだ時のことまで考えて。

 そしてようやく完成したドレスだった。


「……どうして……」


 小さく漏れた声。


「カーチャ」


 フォーマの声がした。


「……」

「少しだけ、待っていて」


 フォーマはドレスの前に立った。

 裂けた部分をじっと見つめる。

 布地に触れることなくただ目を細める。


「……なるほど」

「フォーマ様?」

「何かしらの魔力の痕跡がある」

「えっ?」


 マダムが驚く。

 フォーマは裂け目の周囲を観察する。


「単純に刃物で裂いたわけじゃない」

「では……魔法で?」

「おそらく」


 フォーマは冷静だった。

 怒っていないわけではない。

 むしろその瞳の奥には普段とは違う冷たさが宿っていた。

 だが今は犯人を追うより先に、目の前にいる二人を落ち着かせる必要がある。


「マダム・モーリー」

「は、はい!」

「落ち着いて」

「ですが……!」

「まだ終わっていないです」


 フォーマは穏やかに言った。


「このドレスは直せる」

「……本当ですか?」


 エカテリーナが顔を上げる。


「うん」


 フォーマは迷いなく答えた。


「必ずね」

「……!」


 エカテリーナの瞳に、僅かに光が戻る。

 フォーマは続ける。


「ただ、原因を調べたい」


 そして店の入口へ視線を向けた。


「マダム・モーリー。少しお願いがある」

「何でしょう?」

「俺の部下を二人、この店に入れてもいいかな?」

「もちろんです!」

「ありがとう」


 フォーマが小さく指を鳴らす。

 しばらくして店の外で待機していた二人の青年が入ってきた。


「お呼びでしょうか」

「うん」


 フォーマは裂けたドレスを指す。


「ここに魔力痕跡が残っている」

「承知しました」

「追える?」

「やってみます」

「頼むよ」


 一人がドレスへ近づき、魔力を探り始める。

 もう一人にフォーマが声をかける。


「それから」

「はい」

「俺の礼装に使った布。まだ余っていたよね?」

「はい。確か、屋敷に残っております」

「今日中に持ってこられる?」

「すぐに取りに戻ります」

「頼む」

「承知しました」


 一人がすぐに店を出ていく。

 フォーマは残った一人を見た。


「もう一度確認するけど、追跡は慎重に」

「はい」

「誰かに気づかれている可能性もある」

「……!」

「無理に追わなくていい。痕跡を残している人物を特定することを優先して」

「承知しました」


 部下が頷く。

 フォーマは再びエカテリーナへ向き直った。


「大丈夫?」

「……はい」


 エカテリーナは頷いた。

 けれどまだショックは残っている。

 そんな彼女を見てフォーマは少しだけ声を柔らかくする。


「心配しなくていい」

「……」

「ドレスは直るよ」

「……本当に?」

「もちろん」


 フォーマは笑った。


「俺がそう言ったんだから、信じて」

「……はい」


 エカテリーナは小さく笑った。

 それを見届けてからフォーマはマダムへ向き直る。


「マダム・モーリー」

「はい」

「俺の故郷の布を使えば、修復は可能かな?」

「……故郷の布?」

「俺の礼装に使っているものと同じゼレノイの伝統の布だ、テラッサ地方の最高級品を用意しているんだ」

「テラッサ地方のですか!?」


 マダムは裂けたドレスを見る。

 そして少し考えた。


「……あ」

「何か思いついた?」

「上から……装飾として重ねるのですね?」

「そう」


 フォーマが頷く。


「完全に元通りにするのではなく」

「はい」

「裂けた部分を新しい意匠として組み込む」


 マダムの目が職人の目に変わった。


「……なるほど」


 彼女はドレスへ近づき、裂け目を指先で確認する。


「これなら……」

「できそう?」

「やってみせます!」


 先ほどまで青ざめていたマダムが、今度は強い眼差しを浮かべていた。


「必ず、エカテリーナ様がお召しになって恥ずかしくないドレスに仕上げてみせますわ!」

「ありがとう」


 フォーマは微笑んだ。

 エカテリーナもその隣で小さく頭を下げる。


「よろしくお願いいたします」

「お任せくださいませ!」


 こうして一度は無惨に裂かれた藤色のドレスは、新たな形へと生まれ変わることになった。


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