第17話 動き出す者たち
卒業まで、あと3ヶ月。
学園では卒業パーティに向けた準備が少しずつ進められていた。
そんなある日の夕刻。
フォーマが暮らす寮の一室に、一人の青年が入ってきた。
「フォーマ様。ご注文の品が届きました」
「ありがとう」
青年が丁寧に頭を下げる。
その手には、細長い衣装箱があった。
「こちらが礼装でございます」
「もう仕上がったんだね」
「はい。予定より少々早く」
「それは助かる」
フォーマは箱を開けた。
「……」
中に収められていたのは。
一着の礼装。
落ち着いた紺色の布地に、水色のアクセントが施されている。
派手さはないが、見る者が見れば、その仕立てが尋常ではないことが分かる。
襟元。
袖口。
胸元。
そこに細かな刺繍が施されていた。
しかし真正面から見ても、その模様はほとんど見えない。
フォーマが少しだけ衣装を傾ける。
すると照明の光を受けて。
それまで何もなかったように見えた布地の上に、繊細な模様が浮かび上がった。
「……うん」
フォーマは満足そうに頷く。
「上出来だね」
「ありがとうございます」
「綺麗に整えておいてくれるかな。卒業パーティまで傷一つ付けないように」
「承知いたしました」
青年が礼装を丁寧に戻す。
この布地は、ゼレノイ帝国に伝わる特殊な製法によって作られたものだった。
光の角度によってのみ浮かび上がる特殊な刺繍。
その製法は帝国でも一部の職人にしか知らされておらず。
国外への持ち出しは原則として認められていない。
つまりこの礼装そのものが、フォーマの故郷を示す証拠にもなり得る。
だがフォーマはそれを気にする様子もなく、衣装箱を閉じた。
「それから」
別の青年が声をかける。
「こちらも」
「?」
青年が持ってきたのはもう一つの箱だった。
先ほどよりも小さい。
「……」
フォーマはそれを受け取る。
蓋を開け中を確認する。
だが中身を見たのは一瞬だった。
「……うん」
静かに頷く。
「これで大丈夫だ」
「では、こちらも?」
「そう、卒業パーティまで、誰にも触れさせないように」
「承知しました」
箱は再び閉じられた。
その中に何が入っていたのか、フォーマ以外誰も知らない。
そしてフォーマ自身もそれについて口にすることはなかった。
◇
その後フォーマは外套を羽織る。
「少し出てくる」
「護衛は?」
「必要ないよ」
「ですが……」
「大丈夫」
青年は渋々頷いた。
「では、お気をつけて」
「ああ」
寮を出たフォーマは、そのまま用意されていた馬車へ乗り込んだ。
「どちらへ?」
御者が尋ねる。
フォーマは一言、行き先を告げた。
「承知しました」
馬車が動き出す。
そして向かった先は──
◇
──ブライト王国王宮。
謁見室。
そこには。
国王と王妃が並んで座っていた。
二人の前に一人の男性が立っている。
青い髪に琥珀色の瞳。
落ち着いた物腰。
その身に纏う雰囲気は。
ただの貴族とは到底思えないものだった。
男性は深く礼をした。
「……告げよ」
国王が促す。
「はい」
男性は口を開いた。
そして静かに、しかし重大な内容を告げていく。
「──以上です」
「…………」
国王は何も言わなかった。
隣に座る王妃も言葉を失っている。
扇子を握る手に、ぎり、と力が込められた。
「……」
やがて国王が重い口を開く。
「……致し方あるまい」
王妃が僅かに目を伏せる。
あまりにも衝撃的な内容だった。
それでも男性は静かに立っている。
「貴殿の言葉の裏付けは、すでに取っておる」
国王が言う。
「それも……気づいておるのだろう?」
男性は一度だけ頷いた。
「はい」
「……そうか」
国王は深く息を吐いた。
「貴殿の提案以外に道がないことは、余も理解しておった」
「……」
「他に手立てがないか、ずっと模索しておったが……」
国王は目を閉じ深く息を吸った。
「……見つからなかった」
その言葉に王妃が震える声で口を開いた。
「王よ」
「……」
「時には……非道な決断もしなくてはならないはずです」
王妃は震えていた。
それでも決して国王から目を逸らさない。
「王として」
静かな声。
「そして、私も国母として」
「……そうだな」
国王は俯いた。
「……はぁ」
深いため息。
「どこで間違えてしまったのだろうな……」
王妃は答えられなかった。
ただ夫の手にそっと自分の手を重ねる。
しばしの沈黙。
やがて国王は目の前の男性へ視線を戻した。
「忠告、助かった」
「……」
「これで我が国は崩れずに済む」
男性は深々と頭を下げる。
「勿体なきお言葉にございます」
そして男性は踵を返した。
重い扉が開く。
静かに閉じられる。
謁見室に国王と王妃だけが残った。
「…………」
国王は椅子に深く身体を預けた。
「……はぁ」
「あなた」
王妃が苦笑する。
「そんなにため息をついては」
「幸せが逃げる、か?」
「ええ」
「……」
国王は天井を見上げた。
「だがな」
その声は酷く疲れていた。
「これ以上の不幸など……あるのだろうか」
「…………」
王妃は何も言わない。
ただ国王の隣に座り続ける。
「次の手を打たねばならん」
国王が呟く。
「そなたには苦労をかけるな……」
「何を仰いますの」
王妃は微笑んだ。
「私は国母ですもの」
「……」
「国母としての責務を、最後まで全ういたしますわ」
「……そうか」
国王は目を伏せる。
「まさか……」
拳を握る。
「まさか、ここまでとはな……」
その言葉の意味を知る者は少ない。
そして王宮の外では、一台の馬車が夜の王都を静かに走っていた。
馬車の中でフォーマは窓の外を眺めている。
その瞳にはいつもの穏やかな笑みはなかった。
「……あと3ヶ月」
小さく呟く。
「それまでに、全て片付けないとね」
馬車は暗い夜道を進んでいった。




