第16話 エスコートは誰と?
卒業パーティまで、あと3ヶ月。
完成したドレスを眺めるたび、エカテリーナの胸には小さな期待が生まれていた。
けれど一つだけ、決まっていないことがある。
──エスコートを誰に頼むのか。
王太子の婚約者である以上、本来ならば答えは決まっている。
だからこそエカテリーナは、マリアンヌとエレノアを伴い、マルケールのもとへ向かった。
◇
「殿下」
廊下でマルケールを見つけたエカテリーナは、静かに声をかけた。
「……何だ」
マルケールの腕には、今日もバーバラが絡みついている。
バーバラはエカテリーナを見るなり、露骨に睨みつけた。
「少し、お伺いしたいことがございます」
「手短にしろ」
「卒業パーティのエスコートについてなのですが──」
「貴様なんぞに答えてやる義理はない」
「……っ」
あまりにも冷たい言葉。
エレノアの眉が跳ね上がった。
「殿下!いくらなんでも──!」
「エレノア」
エカテリーナが静かに制した。
「もういいのです。参りましょう」
「ですが……!」
「大丈夫ですから」
エカテリーナは微笑んだ。
けれどマリアンヌには分かった。
その笑顔が少しだけ寂しい事を。
「……失礼いたします」
3人はその場を離れた。
しばらく歩いてから。
「……あの男、本当に腹が立ちます!」
エレノアが振り返った。
「婚約者に向かって『貴様なんぞ』ですって!?しかもルイス嬢を腕にくっつけたまま!」
マリアンヌも静かに怒っている。
「それだけではありません。あの方、エカテリーナ様を睨んでいましたわ」
「……予想していたことですから」
エカテリーナは困ったように笑った。
「それに」
少し考えてから。
「他の方にエスコートをお願いしようかと思っています」
「それがいいですよ!」
エレノアが即答した。
「なんならフォーマ様に申し込みましょう!」
「……え?」
エカテリーナの頬が、ほんのり赤くなる。
「ですが……フォーマ様にもご予定があるのでは?」
「ないない!絶対ないです!」
「むしろきっと、いや絶対!」
マリアンヌが身を乗り出す。
「フォーマ様はエカテリーナ様のためにエスコートを申し込もうとしておりますよ」
「……なら」
エカテリーナは少し迷ってから。
「言ってくださるまで待っていた方がいいのかしら?」
「いや、こっちから言いましょう!」
「え?」
「そうすれば、婚約者がいる相手に申し込むフォーマ様が気を使わずに済みますし!」
「……」
エカテリーナの顔がさらに赤くなる。
「エカテリーナ様!」
エレノアが突然、目を輝かせた。
「ドレスは何色ですの?」
「え?藤色ですが……」
「ならば藤色のカフスボタンとハンカチ、それからネクタイも用意いたしましょう!」
「え!?」
「それでお揃いになれるはずですわ!」
「え!?え、えと……その……」
エカテリーナは慌てて両手を振った。
「承諾してくださってからご用意する方がいいかと……」
「まあ、それもそうね」
エレノアが納得する。
「なら!」
マリアンヌが手を叩いた。
「善は急げ!これから早速言いに行きましょう!」
「えっ」
「さあさあ!行くわよ!」
「え、えええ!?」
左右から2人に腕を取られる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!」
「待ちません!」
「今行けばいいんです!」
「背中を押さないでくださいませぇ!」
◇
そして教室。
「フォーマ様」
「ん?」
振り返ったフォーマの前に。
エカテリーナが立っていた。
その後ろにはこそこそと隠れているマリアンヌとエレノア。
「どうしたの?」
「えっと、その……」
エカテリーナは指を絡める。
「フォーマ様……」
「うん?」
「えっと……えと……」
言えない。
顔が熱い。
頭の中では何度も練習したのに。
「卒業パーティの……」
「卒業パーティ?」
「……」
後ろから小さな声。
「がんばれ!がんばれ!」
「いけー!言っちゃえー!」
「……!」
エカテリーナは真っ赤になった。
「や、やっぱり無理ですわ!」
「え?」
くるり。
「失礼します!」
そのまま教室から飛び出していく。
「エカテリーナ様!?」
マリアンヌとエレノアも慌てて追いかけた。
残されたフォーマは。
「……?」
しばらく呆然としていた。
「何だったんだ……?」
◇
それから。
一日。
二日。
三日。
一週間。
「……」
エカテリーナは未だに言えなかった。
「フォーマ様、あの……」
「うん?」
「……いえ、何でもありません」
また失敗。
「フォーマ様」
「何かな?」
「……」
言えない。
そして、一週間が過ぎた。
◇
カフェテリア。
「……」
エカテリーナはテーブルに突っ伏していた。
「もう……どうしましょう……」
隣ではマリアンヌとエレノアが頭を抱えている。
「何で言えないんですか!?」
「だって……!」
「だってじゃありません!」
「恥ずかしいんですもの……!」
「そこを乗り越えるんですよ!」
そんな3人のところへ。
「あら」
声がした。
振り返ると、ニコルとシシリアとナナリーの3人までやって来た。
「……何をしているの?」
ニコルが尋ねる。
「エカテリーナ様がフォーマ様にエスコートをお願いできず、一週間が経過しました」
エレノアが真顔で報告する。
「まあ、それは重症ね」
「……うぅ」
エカテリーナがさらに机へ沈む。
「もういっそのこと」
ニコルが言った。
「2人だけの時間を作ってしまいましょう」
「そうね」
シシリアが頷く。
「王子があんななのだから、こちらも本気を出しますわ」
「もうあれは婚約破棄みたいなものですものね」
ナナリーまで真顔で言う。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
エカテリーナが顔を上げる。
「まだ正式には──」
「形式だけでしょう?」
「う……」
言い返せない。
「それに」
ニコルが笑う。
「クラスのみんな、エカテリーナ様とフォーマ様がくっつけばいいのにって言っていますもの」
「え!?」
エカテリーナが飛び上がった。
「私、皆さんにそんな風に思われているのですか!?」
「そりゃあもう」
「ねぇ?」
3人が顔を見合わせる。
「フォーマ様は基本的に優しいですが」
シシリアが続ける。
「エカテリーナ様にだけは、特に優しいですもの」
「エカテリーナ様だって」
ナナリーが微笑む。
「フォーマ様の前では、よく笑うではありませんか」
「……そう、なのでしょうか?」
「もちろんですわ」
ニコルが頷く。
「私たちの前でも、たくさん笑ってくださるのは嬉しいですわ。でも、それとは少し違うんです」
「……違う?」
「何て言えばいいのでしょう」
シシリアが考える。
「安心しているように見えますわ」
「そう!それです!」
エレノアが勢いよく頷いた。
「フォーマ様と一緒にいる時のエカテリーナ様は、すごく安心しているように見えます!」
「安心……」
エカテリーナは小さく呟く。
思い返してみる。
フォーマと授業の話をしている時。
本の話をしている時。
くだらない話で笑っている時。
見舞いに来てくれた時。
階段から落ちた自分を抱き上げてくれた時。
「……たしかに」
胸に手を当てる。
「フォーマ様の前だと……全く辛くはありませんわ」
「それが恋ですよ」
「こっ!?」
エカテリーナの顔が一気に赤くなる。
「こ、恋!?」
「そう!恋ですわ!」
エレノアが断言する。
「相思相愛なのに、何故まだ友人の距離感なのか分かりませんわ」
ニコルまで呆れたように言う。
「フォーマ様ってば、エカテリーナ様のお見舞いに何度も公爵邸を訪れておりましたのに?」
「……何度も?」
エカテリーナが首を傾げる。
「ええ」
シシリアが笑う。
「きっとエカテリーナ様のお見舞いの後に、公爵閣下や公爵夫人ともお話しなさっておいででは?」
「えっと……」
エカテリーナは思い出す。
「父と母は……『とてもいい青年だ』としか聞いていなくて……」
「まあっ!」
5人の声が重なる。
「ご両親公認ですわね!?」
「そっ、そんな!」
エカテリーナは真っ赤になった。
「早くありませんか!?」
「早くはないですわよ」
「うんうん」
「むしろ遅いくらいです」
「もう十分時間をかけていますもの」
「そんな……!」
エカテリーナは両手で頬を覆う。
「私……本当に……フォーマ様のことを……?」
言葉にするだけで胸が大きく跳ねる。
その反応を見て5人の令嬢たちは顔を見合わせた。
そして全員が同じ結論に達した。
「……これはもう」
「はい」
「間違いありませんわね」
「ええ」
「完全に恋ですわ」
「ち、違います……!」
否定する声はあまりにも弱かった。
◇
その頃。
少し離れた廊下を歩いていたフォーマは。
「……?」
ふと立ち止まった。
何故かカフェテリアが妙に騒がしい。
そして聞こえてきた声。
「恋!」
「相思相愛!」
「エスコート!」
「……」
フォーマは数秒黙った。
そしてそっと踵を返した。
「……今は、行かない方がよさそうだ」
そう呟いて何事もなかったかのように歩き去った。
ただその口元には、ほんの少しだけ嬉しそうな笑みが浮かんでいた。




