第15話 卒業を彩るドレス
卒業まで、あと4ヶ月。
長いようで短かった学園生活も、いよいよ終わりが近づいていた。
その日の午後。
エカテリーナは、3人の令嬢と共に王都の大通りを歩いていた。
「本当に楽しみね!」
ニコル・アンジュー伯爵令嬢が弾んだ声を上げる。
「ええ。完成したと聞いた時から、ずっと楽しみにしていたわ」
シシリア・フランシス侯爵令嬢も嬉しそうに微笑んだ。
「私もです!」
ナナリー・スアビア伯爵令嬢も頷く。
「……ふふ」
エカテリーナも、珍しく浮き足立っていた。
「4人で揃って見に行けるなんて、嬉しいですね」
「でしょう?」
今日の目的地は。
王都でも一、二を争うほど有名な呉服店。
──『マダム・モーリー』
貴族の間では知らぬ者がいない名店である。
最新の流行を取り入れながらも、着る者の個性を最大限に引き出す仕立て。
その評判から。
「予約は2年先まで埋まっている」
などと言われるほどの人気店だった。
「……ここね」
店の前に立ったエカテリーナが、看板を見上げる。
「何度見ても緊張するわ」
「私たち、予約を取れたこと自体が奇跡ですもの」
ニコルが笑う。
「王太子殿下の婚約者、公爵令嬢、侯爵令嬢、伯爵令嬢……これだけ揃えば、さすがにマダムも張り切ってくださるでしょうね」
「ニコル」
シシリアが苦笑する。
「余計なことを言わないの」
「ふふっ」
4人で笑いながら店内へ入る。
◇
「まあ!」
店内に入った瞬間。
奥から現れた女性が、嬉しそうに声を上げた。
「お待ちしておりましたわ!」
上品な紫色のドレスを纏った女性。
この店の主人、マダム・モーリー本人だった。
「皆様、ようこそお越しくださいました」
「本日はよろしくお願いいたします」
エカテリーナが丁寧に頭を下げる。
「まあまあ!そんなに畏まらなくても結構ですわ」
マダムは楽しそうに笑った。
「さあ、どうぞこちらへ」
案内された先には、4着のドレスが並んでいた。
「……!」
4人の令嬢が同時に息を呑む。
まず目に入ったのは、鮮やかな──ワインレッド。
深みのある色合いに、繊細な刺繍。
「まあ……!」
シシリアが目を輝かせる。
「素敵……」
次に、柔らかな光を纏うような──黄色。
「わぁ……!」
ニコルが思わず声を漏らす。
「こんなに綺麗な黄色、初めて見ました!」
そして深い森を思わせる──深緑。
「……落ち着いていて素敵です」
ナナリーがうっとりと見つめる。
最後に、淡く、上品で、光の加減によって青にも紫にも見える──藤色。
「……綺麗」
エカテリーナは、思わず呟いた。
自分のために仕立てられたドレス。
流行を取り入れた華やかなデザイン。
だが、決して派手すぎない。
公爵令嬢としての品格を保ちながら、どこか柔らかな印象を与える。
「皆様の髪色や瞳の色を考えて仕立てましたの」
マダムが説明する。
「そして、こちら」
ドレスの胸元を指差した。
そこには小さな装飾を取り付けるための場所があった。
4人が顔を見合わせる。
「オーダー通りに皆様でお揃いのブローチを付けられるよう、特別に仕立てました」
「まぁ……!」
ニコルが嬉しそうに身を乗り出す。
「そしてこちら」
マダムが小箱を開ける。
中には、ダイヤモンドを惜しみなく用いて作られた四つのブローチが、静かに並んでいた。
どれも小さなバラの花束を模した同じ形、同じ意匠。
花びらは細かなダイヤモンドで埋め尽くされ、光を受けるたびに冷たく、しかし華やかに輝いている。
けれど、よく見るとそれぞれにわずかな違いがあった。
中心のバラだけが、異なる色石で彩られているのだ。深い赤のガーネット、温暖な黄のシトリン、澄んだ緑のグリーントパーズ、そして紫のアメジスト。
それぞれのドレスの色味に合わせて選ばれた、ささやかな個性。
同じでありながら、同じではない。
4人の絆と、一人ひとりの存在を、静かに主張するブローチだっ
「まあ……!」
シシリアが目を輝かせる。
「とても素敵です」
「私たち、4人でお揃いなんですね」
ナナリーも嬉しそうに笑う。
「卒業という節目に、皆様がこれからも友人である証になればと思いまして」
マダムが微笑む。
エカテリーナはそっとブローチに触れた。
「……嬉しいです」
胸の奥が温かくなる。
学園に入学したばかりの頃。
彼女にはこれほど気を許せる友人はいなかった。
けれど今は自分を守ってくれる友人がいる。
くだらない話をして笑い合える友人がいる。
そしてこの4人で卒業の日を迎えられる。
「……絶対に大切にします」
「私も!」
「私もよ」
「もちろんです」
4人は顔を見合わせ嬉しそうに笑った。
◇
その日の夕方。
エカテリーナは屋敷へ戻った。
侍女たちが運び込んだドレスは部屋の壁に設置された衣装掛けへ丁寧に掛けられている。
「……」
エカテリーナは、しばらくそれを眺めていた。
藤色のドレス。
裾に施された刺繍。
胸元のブローチを取り付ける場所。
卒業パーティ。
人生の一つの節目。
「……あと4ヶ月」
そう呟く。
そしてふと、別のことが頭に浮かんだ。
「……フォーマ様は、どんな礼装でいらっしゃるのかしら」
想像してみる。
普段の制服姿しか、ほとんど知らない。
けれど彼が礼装を身に纏えば、きっとよく似合う。
「……」
エカテリーナの頬が少し熱くなる。
「もし……」
もし、フォーマにエスコートしてもらえたら。
卒業パーティでこのドレスを着て、彼の隣を歩けたら。
「……素敵でしょうね」
思わず口にして、エカテリーナは慌てて首を振った。
「……何を考えているの」
自分には婚約者がいる。
そうマルケール・オールブライト王太子。
本来なら卒業パーティで自分をエスコートするのも、この国の未来を共に歩くのも、彼だった。
「……」
けれど脳裏に浮かんだのは、バーバラの肩を抱くマルケール。
楽しそうに笑う2人。
人目も憚らず自分の目の前でさえ見せつけるように寄り添う2人。
「……」
エカテリーナは小さく息を吐いた。
「……もう、気にしないようにしないと」
そう呟く。
自分は自分の未来を考えればいい。
そう思おうとする。
けれどどうしても、先ほど思い浮かべた姿が消えてくれない。
藤色のドレス。
胸元のダイヤモンドのブローチ。
そしてその隣に立つ──フォーマ。
「……」
エカテリーナはベッドへ腰を下ろした。
「……エスコート、してくださるかしら」
誰にも聞こえないほど小さな声。
その言葉を口にした自分が恥ずかしくなり。
エカテリーナは枕へ顔を埋めた。
「……もう寝ましょう」
灯りを消す。
風が木々を揺らす静かな夜。
窓から差し込む月明かりが壁に掛けられた藤色のドレスを淡く照らしていた。
卒業まであと4ヶ月。




