第14話 ゼレノイ帝国について
卒業の気配が近づいてきたいつもの昼休み。
フォーマたち6人は、学園のカフェテリアで昼食を取っていた。
「そういえば、大通りのケーキ屋が改装工事に入ったそうですよ」
マリアンヌがスープを口に運びながら話題を振る。
「ああ、あの店か。しばらく休業するって看板が出ていたな」
ニコラスが頷いた。
「ええ。新しい内装にするそうですけれど、あそこの焼き菓子が好きだったので残念ですわ」
「北通りの軽食屋なら営業しているよ。そこのサンドイッチが美味しかった」
フォーマが言うと、アーサーが興味を示した。
「へえ、どんなサンドイッチ?」
「燻製肉と香草、それから少し酸味のあるソースを挟んだものだね。パンも表面が香ばしく焼かれていて、食感がいいんだ。量も多すぎないから、午後の授業前に食べるにはちょうどいい」
「随分と詳しいな」
「実際に食べたからね」
「今度行ってみようかしら」
エレノアが楽しそうに笑う。
そこへ、トレイを持った3人の令嬢がやってきた。
「あら、皆さん。ご一緒してもよろしいかしら?」
「もちろんですわ!」
マリアンヌがすぐに席を勧める。
ニコル、シシリア、ナナリーが加わり、9人になった一団は、ますます賑やかになった。
「そういえば、この前皆さんが観に行った劇はいかがでした?」
シシリアが尋ねる。
「とても良かったですよ!特に最後の場面が!」
エレノアが目を輝かせた。
「主人公がずっと隠していた本心を、ようやく相手に打ち明けるところがあるのですが……もう、胸がいっぱいになってしまって!」
「まあ、そんなに素敵な劇でしたの?」
「ええ!機会があればぜひ観ていただきたいですわ!」
楽しそうに話すエレノアを見て、ニコラスがふと思い出したようにフォーマへ顔を向けた。
「そういや、フォーマ。ゼレノイ帝国で人気の劇ってあるのか?」
「ゼレノイで?」
フォーマは少し考え込んだ。
「そうだね……今、特に人気なのは騎士たちによる群像劇かな」
「騎士たち?」
アーサーが身を乗り出す。
「うん。登場人物それぞれが悩みや葛藤、トラウマなんかを抱えていて、それを乗り越えていく話なんだ。シリーズ化もしていて、小説としても売り出されているよ」
「面白そうだね」
「面白いよ」
フォーマの返事が、いつになく勢いよくなった。
その変化に、エカテリーナがそっと目を向ける。
「劇では華麗な剣戟も見られるし、人物それぞれの心情も細かく描かれていて、気がつけば物語に引き込まれているんだ。それに何より──」
フォーマは、そこで少し声を潜めた。
「役者がイケメン揃いだから、女性人気も高い」
「まあ!」
ナナリーがくすりと笑った。
「騎士なのですから、皆さん鎧で顔を隠しているのではなくて?」
「そこは創作だからね」
フォーマは即座に答えた。
「鎧を着ずに、それぞれの登場人物に合わせた装飾の衣装を身につけているんだ。生まれも育ちも違う者たちが、同じ主君のもとで戦う。中には因縁の相手がいたり、兄弟だったりする者もいる」
「まあ、とても豪華なのね」
シシリアが感嘆の声を漏らす。
「衣装も素晴らしいけれど、何より物語の緻密さがすごいんだ」
フォーマの目が輝いた。
「脚本家がどこまで考えているのか分からないくらい、作品のあちこちに伏線が散りばめられているんだよ。しかも、前の作品で回収した伏線が、実はさらに別の伏線になっていたりするんだ!」
「……伏線?」
ニコラスが首を傾げた。
「そう。例えば、第一作で何気なく登場した脇役が、第三作で重要な秘密を握っていたことが判明したりね。第二作で意味深に語られた伝承が、第五作の事件を解く鍵になっていたりする。しかも、それが単なる後付けではなく、最初から描写されていたと分かるんだ」
フォーマは指を折りながら説明する。
「さらに、回収されたと思っていた伏線が、実は別の人物の過去に繋がっていて──」
「フォーマ様」
エカテリーナが、そっと声をかけた。
「はい?」
「……とてもお好きなのですね」
「もちろん!」
返事が早かった。
9人の視線が、自然とフォーマに集まる。
フォーマは気にした様子もなく、実に楽しそうに続けた。
「俺も何回も通っているんだ。全6作品、5回ずつ……いや、それ以上観ているかもしれない」
「5回ずつ!?」
ニコラスが声を上げた。
「だって、登場人物全員がどこかで何かしらの伏線を担っているんだ。初見では主人公ばかり追ってしまうけれど、二回目は敵役、三回目は脇役、四回目は背景にいる人物たち……そうやって視点を変えると、毎回新しい発見があるんだよ」
「……相当お好きですわね」
ナナリーが笑う。
「そうなんだよ」
フォーマは力強く頷いた。
「実はその脚本家が完全監修した幕間小説が、限定千冊で発売されたんだけど、それがどうしても手に入らなくて。国中に探させて──」
「探させて?」
エカテリーナの声が、ぴたりと割り込んだ。
フォーマの動きが止まった。
ほんの一瞬。
それから彼は、何事もなかったかのように咳払いをした。
「……失礼。少し話が飛んだね」
「い、いえ……」
「えっと、どこまで話したっけ、そう!その限定千冊が手に入らなくてね。ゼレノイの皇太子殿下も探していたらしく、国中を巻き込んで探させたという逸話があるんだ」
エカテリーナは、そっと目を伏せた。
……今、何かおかしくありませんでしたかしら。
国中に探させる。
限定書籍を求めて。
しかも、皇太子殿下。
彼女は隣に座るフォーマを横目で見た。
本人は何食わぬ顔でサンドイッチを口に運んでいる。
……気のせい、ですわよね?
「ゼレノイの皇太子ってあのバルフォロメイ・ザイン・ゼレノイ皇太子殿下?」
「ああ、そうだよ」
「そんなにお茶目だったのか?」
ニコラスが感心したように言った。
「噂と全然違うな」
「……え?」
フォーマの手が止まる。
「ブライト王国では、どんな噂が流れているんだい?」
何気ない質問だった。
しかし、ニコラスは途端に気まずそうな顔をした。
「えっと……その」
「うん?」
「不敬罪で処罰されないか?」
「大丈夫だよ」
フォーマは笑った。
「ここには関係者なんて誰もいないし、聞いている人もいないから」
エカテリーナは、危うく飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
──フォーマ様!
あなたが一番の関係者ではありませんの!?
けれど、ニコラスは安心したらしい。
「一言でいうと、冷徹皇子だな」
「……冷徹?」
「そう。社交界にもほとんど顔を出さないし、何を考えているか分からない。感情を表に出さない、近寄りがたい人物だって聞いてるぞ」
周囲の仲間たちも頷いた。
「私も、そのように聞き及んでおりますわ」
エカテリーナが静かに続ける。
「公式の場にもあまりお姿を見せないとか」
「わたくしも、冷静沈着で隙のないお方だと」
エレノアも同意した。
「社交界での評判も、似たようなものですわね」
ニコルが腕を組む。
「……えー」
フォーマは、心底納得がいかないという顔をした。
「ゼレノイの王都で聞いている噂と全然違う……」
「どんな噂なんです?」
アーサーが尋ねる。
フォーマは、待ってましたとばかりに口を開いた。
「まず、本の虫」
「本の虫?」
「そう。本が好きすぎて、執務の合間にも書庫へ入り浸っているらしい。それから、よく城下にお忍びで出ている」
「お忍び?」
「ただ、側近たちが殿下の変装を見破ってついてくるから、城下の人々にはほとんどバレバレらしいけど」
「……それ、お忍びの意味があるのか?」
ニコラスが突っ込む。
「本人はあると思っている、らしい」
「本人は、って……」
マリアンヌが口元を押さえて笑った。
「それだけではないよ。街の子供たちと全力で遊んでいる姿も、よく目撃されているそうだ」
「まあ!」
ナナリーが目を輝かせた。
「皇太子殿下が、子供たちと?」
「うん。鬼ごっこをしたり、木剣を使って遊んだり。子供たちの間では、妙に人気があるらしい」
「随分と親しみやすいお方なのですね」
シシリアが微笑む。
「さらに、社交界は面倒くさがって出たがらない。劇場にも一人で行っているつもりらしいけど、護衛がこっそりついてきているから、これも周囲にはバレバレ」
「待ってくれ」
ニコラスが額を押さえた。
「面白すぎるだろ、その皇太子」
「そうかい?」
「そうだよ!冷徹皇子どころか、ただの本好きで劇好きな人じゃないか!」
「まったくですわね」
マリアンヌも笑う。
「随分と噂と違いますわ」
「……」
フォーマは不思議そうに首を傾げた。
「そちらの噂の方が正しいんだけどな」
「フォーマ様は、その皇太子殿下にお会いしたことがあるのですか?」
エカテリーナが尋ねた。
フォーマは彼女を見た。
そしてにこりと笑った。
「あるとも言えるし、ないとも言えるな」
「……まあ」
エカテリーナは、困ったように微笑んだ。
はぐらかされてしまった。
けれどその笑顔には、どこか楽しげなものが混じっていた。
フォーマが好きな劇の話をする時の、子供のように輝く瞳。
普段は落ち着いていて、誰よりも周囲をよく見ている彼が、好きなものの話になると夢中になってしまう。
そんな一面を知ることができたのは、少し嬉しかった。
「……わたくしも、その劇を観てみたくなりました」
エカテリーナがそう言うと、フォーマはぱっと顔を明るくした。
「本当?」
「はい。フォーマ様がそこまでお好きなのですもの。きっと、とても素晴らしい作品なのでしょうね」
「それなら、帝国に来た時にはぜひ観てほしいな!」
「……帝国に?」
「……あ」
フォーマの笑顔が、ぴたりと止まった。
ニコラスが首を傾げる。
「おいおい、ずいぶん気が早いな。エカテリーナ嬢が帝国に行く予定なんて、今のところないだろう?」
「そ、そうだね」
フォーマは咳払いをした。
「もちろん、いつか機会があればという話だよ」
「ふふっ」
エカテリーナが小さく笑う。
「ええ。いつか、機会があれば」
その言葉にフォーマは、ほんの少しだけ目を細めた。
「……うん。必ず案内するよ」
その声はいつもより、少しだけ優しかった。
やがて昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響く。
九人はそれぞれトレイを片付け、午後の授業へ向かうために席を立った。
その最中ニコラスがフォーマの肩を叩いた。
「いやあ、今日はいい話を聞いたよ。ゼレノイの皇太子殿下、思っていたよりずっと面白い人物なんだな」
「そうだね」
フォーマは、実に穏やかに笑った。
「俺も、そう思うよ」
エカテリーナは、その横顔を見ていた。
そして、心の中でそっと呟く。
──フォーマ様。
あなたは本当に、不思議な方ですわね。
午後の穏やかな一時。
卒業を間近に控えた生徒たちが笑いながらカフェテリアを後にした。




