第13話 帰ってきた令嬢と、動き出す舞台
エカテリーナが療養を始めてから、1ヶ月。
ようやく右足首の固定が外された。
「まだ無理は禁物ですよ」
医師からそう念を押され、エカテリーナは小さく頷いた。
「はい」
立ち上がってみる。
まだ少し違和感はあるけれど自分の足で立てる、歩ける、それだけで嬉しかった。
「……学園に戻れます」
エカテリーナは窓の外を見た。
久しぶりに見る学園は、以前と何も変わらないように見える。
けれど彼女には分かっていた。
自分が休んでいた1ヶ月の間にも、何かが変わっている。
そしてその変化を、最初に教えてくれたのは──
「カーチャ」
「……!」
聞き慣れた声。
振り返るとそこにはフォーマが立っていた。
「フォーマ様!」
「足は?」
「もう大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
エカテリーナは2、3歩歩いてみせる。
「ほら」
「……無理してない?」
「してません」
「ならいいけど」
フォーマは微笑んだ。
「おかえり、カーチャ」
その一言にエカテリーナの胸が温かくなる。
「……ただいま、戻りました」
◇
学園へ戻ったエカテリーナを待っていたのは。
「エカテリーナ様!」
「おかえりなさい!」
「ご無事で本当に良かったです!」
多くの友人たちだった。
ニコルやシシリア、ナナリー。
そして以前からエカテリーナを支えてきたニコラス、エレノア、マリアンヌ、アーサー達。
「ご心配をおかけしました」
「こちらこそ」
ニコルがエカテリーナの手を握る。
「お帰りをお待ちしていました」
「ありがとうございます」
エカテリーナは嬉しそうに笑う。
その姿を少し離れた場所から見ていた人物がいた。
バーバラだった。
「……」
彼女の表情が曇る。
そして隣に立つマルケールが口を開いた。
「戻ってきたか」
「……はい」
「まあいい」
マルケールは冷たく言う。
「卒業まであとだ。そう長くはない」
「殿下……」
「気にするな」
マルケールはバーバラの肩を抱いた。
「お前は俺が守る」
「……はい」
2人はそのまま歩いていった。
その姿を見てエカテリーナは何も言わなかった。
以前なら胸が痛んでいたかもしれない。
けれど今は違う、自分の周囲には自分を守ってくれる人たちがいる。
「カーチャ」
「はい?」
「今日の授業、魔法理論からだったよね」
「はい」
「ノート、持ってきた」
「……!」
フォーマが鞄から分厚いノートを取り出す。
「こんなに……?」
「毎回まとめておいた」
「フォーマ様……」
「君、真面目だから。休んでる間も勉強したがると思って」
エカテリーナはノートを抱きしめた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
そのやり取りを見てニコルが小さく笑う。
「相変わらずですね」
「え?」
「いえ、何でも」
シシリアとナナリーも顔を見合わせた。
3人は以前からフォーマの正体に疑問を抱いていた。
今はもうそれを口にするつもりはない。
◇
その日の放課後。
エカテリーナたちは、いつものように数人で集まっていた。
「そういえば」
ナナリーが声を潜める。
「例の件、どうなりました?」
フォーマの表情が僅かに変わる。
「進んでるよ」
「何か分かりましたか?」
「卒業パーティで何かを仕掛けるつもりなのは、ほぼ間違いない」
「やはり……」
エカテリーナが不安そうにする。
フォーマはすぐに続けた。
「でも具体的な内容は、まだ掴めていない」
「……」
「だからこそ」
フォーマは全員を見る。
「こちらから余計な動きはしない」
ニコルが頷く。
「罠を仕掛けるなら、仕掛けさせる?」
「そういうこと」
フォーマの目が鋭くなる。
「下手に動けば、相手は計画を変更する」
「ならば……」
シシリアが言う。
「卒業パーティまで、こちらは普通に振る舞う」
「そう」
フォーマは頷いた。
「ただし」
その声が低くなる。
「今後より一層カーチャを一人にしない」
「もちろん分かっているさ」
ニコラスが答える。
「私たちが交代でお側にいます」
「私も」
マリアンヌとエレノアが頷く。
「何か起こればすぐに誰かを呼びましょう」
アーサーも続いた。
「ありがとうございます」
エカテリーナが微笑む。
「皆さんがいてくださって、本当に心強いです」
「それはこちらの台詞ですよ」
ニコルが笑った。
「エカテリーナ様が戻ってきてくださって良かったです」
◇
だが同じ頃、別の場所では。
「準備は進んでいるか?」
マルケールが尋ねていた。
「はい」
側近の一人が頷く。
「予定通りです」
「証拠は?」
「用意できます」
「証人は?」
「こちらで何人か」
マルケールは満足そうに笑う。
「ならば問題ない」
その隣バーバラが不安そうに尋ねた。
「本当に……大丈夫なんでしょうか?」
「心配するな」
マルケールは彼女の肩を抱く。
「卒業パーティには、多くの貴族が集まる。そこでエカテリーナの正体を暴けばいい」
「……はい」
バーバラは笑った。
「これで……」
これでエカテリーナを追い出せる。
そう思っていた。
◇
夜。
フォーマは一人、窓辺に立っていた。
目を閉じ魔力を広げる。
王太子。
バーバラ。
その側近。
そして王太子の周囲を監視している王家の陰。
全てが薄い魔力の糸で繋がっている。
「……」
フォーマは、その糸を辿る。
だが途中で別の糸を見つけた。
「……?」
あまりにも細い。
それはマルケールではなくその周囲にいる何人かの子息令嬢へ伸びている。
「これは……」
フォーマが目を細め少し調べる。
「……なるほど」
王太子側の人間をさらに誰かが監視している。
その魔力の癖からおそらく国王側。
「王家も本格的に動いたか」
フォーマは小さく笑った。
そしてもう一つ帝国側から届いた報告書へ目を落とす。
そこには卒業パーティに関する情報が記されていた。
フォーマの表情が変わる。
「……」
報告書の最後。
そこに書かれていたのは、王太子側が準備しているものとは別に、王宮側も卒業パーティに向けて人員を増やしている。
という情報だった。
「……面白くなってきた」
フォーマは報告書を閉じた。
どうやら卒業パーティには、
王太子側。
エカテリーナ側。
王家。
そして帝国。
それぞれの思惑を持つ者たちが集まることになる。
ならばその舞台で一番大きな秘密を明かすのは──自分だ。
「あと10ヶ月」
小さく呟いた。
卒業まで残り10ヶ月そして、エカテリーナがこの国で背負わされてきた全てを終わらせる日まで。
あと10ヶ月、フォーマは静かに目を閉じた。
「……もう少しだよ、カーチャ」
その声は誰にも届かなかった。




