↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が出会った令嬢は、笑うことを忘れていた  作者: 3色あんこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/24

第10話 守った手、その代償



 バーバラ・ルイスの暴走は、止まらなかった。


 フルーネフェルト公爵家から正式な抗議が届いた後も、彼女は態度を改めるどころか、ますますエカテリーナへ執拗に付きまとうようになっていた。


「エカテリーナ様!」

「……」


 廊下を歩いているエカテリーナの後ろから、バーバラが駆けてくる。


「少しお話しませんか?」

「申し訳ありません。これから授業がありますので」

「じゃあ、授業が終わったら!」

「その後は友人たちと予定がございます」

「……いつも誰かと一緒ですね」


 バーバラが不満そうに呟く。

 エカテリーナは答えなかった。

 それが、今の彼女にできる最善だった。

 バーバラと二人きりにならない、不用意な会話をしない、何かあれば、必ず誰かに証言してもらう。


 ニコル、シシリア、ナナリーをはじめとする令嬢たち。

 ニコラスやエレノア、マリアンヌ、アーサー、そして、フォーマ。

 誰かしらが必ずエカテリーナの側にいる。


 だからバーバラは思うように彼女を追い詰めることができずにいた。


「……どうして」


 廊下の向こう、エカテリーナを囲むように歩く生徒たちを眺めながら、バーバラは小さく呟く。


「どうして、みんなあの人の味方をするの……?」



◇


 数日後の昼休み。

 エカテリーナは図書室へ向かっていた。


 今日は珍しく、一人だった。

 ニコルたちは教師に呼ばれており、フォーマも別の授業の課題を提出するため教員棟へ向かっている。


「……少しだけですもの」


 図書室へ行き、必要な本を借りる。

 すぐに皆と合流するつもりだった。

 階段を上ったその時だった。


「エカテリーナ様」

「……!」


 振り返るとそこには、バーバラが立っていた。


「ルイス嬢……」

「やっと一人になりましたね」


 その言葉にエカテリーナの背筋を、冷たいものが走った。


「何かご用でしょうか?」

「ええ」


 バーバラは笑った。


「少しだけ、お話がしたくて」

「……」


 エカテリーナは警戒しながらも、階段の端へ寄る。


「私は、あなたに何かしたつもりはありません」

「そうですか?」

「はい」

「でも、みんな私を悪者にするんです」

「それは……」

「あなたがいるからです」


 バーバラの笑顔が消える。


「あなたさえいなければ」


 エカテリーナの瞳が揺れた。


「殿下は私を選んでくれるのに」

「……」

「だから」


 一歩、バーバラが近づく。


「あなたには、いなくなってほしいんです」

「バーバラ嬢……」


 その瞬間バーバラの足が階段の端へ向かった。


「きゃっ──!」


 身体が大きく傾く。


──演技のつもりだった。


「えっ──?」


 エカテリーナに突き落とされたように見せる。

 それで今度こそ彼女を失脚させる。

 そのはずだった。


「──危ない!」


 バーバラの身体が、本当に階段から落ちかけた。


「……っ!」


 エカテリーナは考えるより先に手を伸ばした。

 風が渦巻く。


「風よ!」


 咄嗟に放った魔法が、バーバラの身体を包み込む。

 落下速度が一気に落ちる。

 バーバラの身体が階段の途中でふわりと浮いた。


「え……?」


 しかし魔法を発動した反動でエカテリーナの身体が大きく前へ引っ張られた。


「──あっ……」


 足が滑る。


「エカテリーナ様!」


 バーバラの声、そして、階段を転げ落ちる音が響いた。


「エカテリーナ嬢!」


 その瞬間、階下から駆け上がってきたフォーマの目に彼女の姿が映った。


「──!」


 フォーマは息を呑んだ。

 長い髪が乱れ、身体が階段を転がり、最後にエカテリーナが床へ落ちた。


「カーチャ!」


 フォーマが駆け寄る。

 周囲にいた生徒たちも、次々に集まってきた。


「エカテリーナ様が……!」

「今、風魔法でバーバラ嬢を助けたぞ!」

「バーバラさんが落ちそうになって、それをエカテリーナ様が助けた!」

「なのに……エカテリーナ様が落ちた!」


 証人はいくらでもいた。



◇


「エカテリーナ!」


 マルケールが駆けつけた。

 その目に映ったのは階段の下で倒れているエカテリーナ。

 そして無事に立っているバーバラ。


「バーバラ!」

「殿下……」

「大丈夫か!?」

「はい……」


 バーバラは震える声を出す。


「私は……」


 そしてマルケールが振り返った。


「エカテリーナ!」


 怒声。


「お前、何をした!」

「……違います」


 エカテリーナは痛みに顔を歪めながら答える。


「私は……バーバラ嬢を……」

「バーバラは悪くない!」


 マルケールが叫んだ。


「お前が何かしたんだろう!」


 その瞬間、周囲の空気が凍った。


「……」


 誰も何も言わない。

 ただ冷たい視線がマルケールへ向けられる。


 コツ。

 コツ。


 誰かが歩いてくる。

 フォーマだった。


「……」


 フォーマは何も言わない。

 ただ倒れているエカテリーナの前に膝をつく。


「カーチャ」

「……フォーマ、様」

「怪我は?」

「……足が、痛くて……」


 その声を聞いた瞬間、フォーマの顔から、完全に表情が消えた。


「分かった」


 彼はエカテリーナの身体へ腕を回す。


「え……?」

「医務室へ行こう」


 そして彼女を横抱きに抱き上げた。


「……!」


 周囲の生徒たちが息を呑む。

 だがそれ以上に、フォーマから放たれているものに、誰もが言葉を失った。


 ──殺気。


 これまでの穏やかな留学生とは、まるで別人だった。

 冷たく鋭い、凍りつくような怒気。

 マルケールでさえ思わず言葉を失った。


「……」


 フォーマは何も言わない。

 ただエカテリーナを抱えたまま、医務室へ向かって歩き始めた。


「……フォーマ様」

「喋らなくていいよ」

「でも……」

「今は何も考えなくていい」

「……はい」


 エカテリーナはフォーマの胸元へ、そっと手を置いた。

 その手が僅かに震えている。


「道を開けて!」


 ニコルの声が響く。


「怪我人が通ります!」


 シシリアが周囲へ声をかける。


「先生を呼んで!」


 ナナリーが走り出す。


「医務室へ!」


 三人の令嬢たちは、フォーマの前後を囲むようにして人を退かせていく。

 誰もが道を開けた。

 その中央をフォーマはエカテリーナを抱いたまま歩いていく。


「……」


 誰も口を挟まない。

 マルケールさえ何も言えずに、ただフォーマの背中を睨みつけている。



◇


 医務室。


「足首を痛めていますね」


 医師が診察する。


「骨折の可能性があります。動かさないでください」

「……分かりました」


 フォーマはベッドの横に立っていた。

 エカテリーナは不安そうに彼を見る。


「フォーマ様」

「うん?」

「……怒っていますか?」

「……」


 フォーマは少し黙った。


「怒ってるよ」

「……私に?」

「違う」


 即答だった。


「君に怒る理由なんてない」


 エカテリーナの瞳が揺れる。


「じゃあ……」

「君を傷つけた状況そのものに腹が立ってる」

「……」

「君は」


 フォーマは静かに言った。


「自分が落ちるかもしれないのに、バーバラ嬢を助けたんだろ?」

「……はい」

「どうして?」

「だって……」


 エカテリーナは困ったように笑った。


「人が落ちそうになっていたら、助けるでしょう?」

「……そうだね」


 フォーマは目を伏せた。


「君はそういう人だよ」



◇


 その頃。


 階段にはまだ多くの生徒が残っていた。

 バーバラが落ちそうになり、エカテリーナが風魔法で彼女を助けたこと、そしてその直後にエカテリーナ自身が階段から転落したことを、誰もが目撃していた。

 もはや誰も『エカテリーナがバーバラを突き落とした』などとは思わなかった。


「……まただ」


 誰かが呟いた。


「また、エカテリーナ様が悪者にされるところだった」

「でも今回は……」

「みんな見てたわ」

「言い逃れできないよ」


 その言葉は瞬く間に広がっていった。


 そしてこの日、学園内で決定的に変わったものがあった。

 エカテリーナへの同情ではない。


 “バーバラへの不信感だった“


 そしてマルケールへの疑念もまた、これまで以上に大きくなっていた。



◇


 医務室の外。

 フォーマは一人、窓の外を見ていた。

 手のひらを握る。


「……」


 脳裏に階段から落ちるエカテリーナの姿が焼き付いて離れない。

 フォーマは静かに目を細める。


「……」


 もう、ただの観察では済まさない。

 エカテリーナが傷ついた。

 その事実だけでフォーマが動くには十分だった。

 そして彼の中で、一つの決意が固まり始めていた。


 ──この国で何が起きているのか全部、調べる。


 そして彼女をこれ以上、誰にも傷つけさせない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。