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4.よこせよ。全てをだ。

 顔が整っている。貧民街の女とは比べ物にならない。染み一つない白い肌。切れ長な大きな瞳は闘志を燃やし、みずみずしい唇は大胆不敵に笑みを浮かべている。歳は、同じくらいか。


 ただ、隙が無い。


「手を出したら殺します!」


 そして、レダは騎士に向かって叫んだ。奴等は直立不動の姿勢をとった。ふざけてやがる。

 一流は見誤らねぇ。考えろ。さっきの膝の速度と練度を。やつの立ち姿から考えろ。考えろ。


 頬を、汗が伝った。街で有象無象に追いかけ回された時には、感じなかった感覚だ。いい。いいぞ。血流が更に早くなり、脈動がそのリズムを跳ね上げる。

 

 ――金色の目に熱が宿る。

 

「あぁ、そうですわ。アシュレイ!」


 女は獰猛な笑みを浮かべながら怒鳴り上げると、騎士の一人が短剣をレダに手渡してすぐに下がった。レダはそれを受け取るなり、こちらの足元に投げてきた。


「さぁ、バルバロッサ。取りなさいな。真剣勝負ですわ」


 ドレスをふわりと翻して、お上品な口からドブくせぇことを吐き散らす。

 そして、バルバロッサは短剣を手に取ると、悦が全身を襲った。

 

 頭にも熱が回り、全身が歓喜している。

 武器だ。上等な武器だ。

 偏屈な爺さんのところで目にした英雄叙情詩アルザードの戦士の姿が脳裏に浮かぶ。

 雷に打たれたように甘い痺れが、股間に集まる。


「レダ」


 震える喉が締まりこむのを耐えながら、バルバロッサはなんとか声を絞り出した。


「バルバロッサ」


 こちらは苦労して声を出したというのに、女はこともなげに言い返してくる。空と違って人は不平等だ。

 そして、バルバロッサは踏み込んだ。レダとは反対方向に。


「な!?」

「あばよ。良い金になりそうだ!」


 短剣の重み、滑らかな刃の感触。売らねぇよ。たまらねぇ、手放すもんかよ、これがあれば! 

 

(馬鹿な女だ。いや、良い女だ。モノをくれるやつは全員良いやつだ)


 全力で駆ける。邪魔する木の枝はこの短剣の前では障壁に成り得なかった。お高くとまってた森に少しの意趣返しができたかと、わずかに溜飲が落ちる。


「バルバロッサ!」

「マジかよ」


 視点をすこしだけ後ろに寄せると、猛スピードで女が迫ってくる。女が市場でみかけた人形みてぇなツラで、牙を剥いて、迫ってくる。レダの薄緑色の瞳が更に輝きを増し、短剣を振り下ろしてきた。


 その剣の腹を振り向きざまに払い落として、とっとと洞窟に転がりこんでやろう。そんな算段で、剣を添えた瞬間、逸らしきれずに前腕に血線が走る。


 予想外の重さに、たたらを踏む。

 追撃は。

 来ない。

 

 ――おい、ジジイ。一流は能力を見誤らねぇ。

 俺はわかるぞ。こいつは強えぇ。

 だがな、この熱はなんだよ。わからねぇよ。


「ククク、痛えぇよ。痛ぇ!!」

「フフフ、すぐに痛みも感じなくなりますわ」


 本物だ。本物の戦士が居る。バルバロッサにとっての戦士が目の前に立ちはだかる。震えが止まらない。


「戦士レダ! ドールのバルバロッサだ」

「……。ダイタスの公女、レダ」


 仕切り直しだ、構える。

 レダ、なぜ前が震えていやがるんだ。

 狩る側だったんだろう?

 そうさ、奪い合いだ。

 殺す。


 バルバロッサの両の瞳が爛々と輝く。全身から殺気が立ち上る。黒くて、美しくて、狂い散らかした戯曲の前奏のよう。


「ハッハァ!!」

「――ッ!?」


 こりゃあ、いい。


「盗み、ましたわね!?」


 先ほどの反対だ。バルバロッサが振り下ろし、レダがそれを逸らす。前腕を切り裂くほどではなかったが、中々にいけたのではないか。


「おい、くれよぅ。もっとだ。もっと智をくれ! 全てだ! 全てをよこせ!」

「贅沢な貧民ですこと!」


 バルバロッサが挑発すると、レダが攻撃を強める。猛然と迫りくる剣の雨。

 血線が次々と生まれるが嗤いがとまらない。


「フハハハハハハ! ハーハッハッハッ!! 綺麗だ! 綺麗じゃねぇか!」


 堅実に実直に、攻撃を短剣の柄で弾いていく。

 死の舞踏のようだ。相手は極上。

 これを喜ばないでか。

 ちらりと、ほんのわずかに後ろを確認する。

 そして、体幹を締めて、また弾く。


「アシュレイの護り……!?」


 ピーピーとうるせぇ口を塞ぎたくなるが、その驚きの表情でさえ股間を熱くさせてくる。だが、興奮の大半はそんなもんじゃねぇ。


「イィィィィィヤッハアァァァァァァァァ!!」


 自然と狂声があがる。なんて気持ちいいんだ。出ちまいそうだ。

 レダの剣をさらに弾き、肉薄する。そして、顎を掴み上げその顔をよく観察する。


「ハッ! 犯してやるよ!」

「フフ、お熱い口説き文句ですこと」

「ゴハッ!?」


 その唇を奪ってやろうとしたところに胸に衝撃が走った。ただ掌を添えられただけで体が吹き飛ぶ。肺が空気を欲している。


 良い女だ。たまらねぇ。だが、お前は二流だ。

 

「俺の勝ちだぜ」

「バルバロッサ!!」 


 吹き飛んだ先は入り組んだ洞窟。制止の声を聴くわけもなく、奥へ駆け込んでいく。


「フハハハハハ! 残念だったな! 俺の勝ちだ! 俺の方が強えぇ!!」 


 哄笑を上げる。バルバロッサにとっての勝利の雄叫びだ。そして、記憶通りに洞窟の分岐点にたどり着いた時、レダの声が響いた。狭い洞窟に反響して耳を射す。


「戦士バルバロッサ! ダイタスは強い帝国民を歓迎する! もっと! もっと強くおなりなさい!」


 入り口から響いてくるその声にバルバロッサは足を止める。そして、腹の底から呟いた。


「知るか。くそったれ」


 手元に短剣を見詰めながら世界に唾をはき、優しい爺さんの顔をなんとなく思い浮かべてしまった自分を斬り殺す。

 そして、バルバロッサは勝手知ったるその洞窟を進み、まだ光も見えない出口へ向かうのだった。

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