3.喉を通る命の糧
枯草を集めた寝床で眠りにつく。が、何故だか今日は早くに目が覚めてしまった。暗い洞窟の天井を見詰め、バルバロッサは思う。
世界は綺麗だ。こういう時に、なぜ綺麗かとレイトンは問うだろう。曖昧を許すし、曖昧を許さないこともある。どうにも偏屈な爺さんだ。少しだけ臓物に穏やかな風が吹く。
――瞬間、肌を焦がすような殺気と共に、警鐘が頭に鳴り響く。
(なんだってんだ!?)
耳を地面にあてれば、微かな振動。バラバラの不規則なリズムと、引き延ばしたような長い振動。これは、馬車と馬が複数。
バルバロッサはボロ切れの外套を羽織り急いで外に飛び出した。
おどけた森が白けた空を睨んでいる。空はそんなものには動じず、かわらず自分勝手に変化しやがる。
(いいね。空は平等だ。だから腹が立つ)
そんな空に唾を吐き、音と気配のする方に進む。大木にめぼしをつけ、木に登り、幹に印をつけながら。他の木に飛び移る。音を立てないように。そして、なるべく高い所で。
見えた。馬車に騎士に、対峙しているのは、貧民街の連中だ。なぜここに騎士が? と思いつつもここはガルヴェリア。なぜもないか。と一人納得する。
上等な甲冑にバルバロッサの身の丈ほどもあろう長剣。対するは、欲に目が眩んだぼろキレの蟲共。
(三流は論外だ。己の力すら見積もれねぇ。だから、そら。次々とくたばりやがる)
騎士は強い。それも、帝国の騎士となれば騎士の国トラキアにも並ぶ精強な戦士達である。
バルバロッサはその動きを盗む。攻防一体の二刀流の騎士、盾で確実にガードをしながら体の末端を切付け機動力を奪っていく騎士。
胸が高鳴る。心が躍る。血液が急激に熱をもって流れを早めていく。そして、気が付かぬうちに口が三日月のように吊り上がっていた。
ほしい。あの技術が、力が欲しい。これは渇望か。それとも愛か。レイトン、教えてくれよ。
バルバロッサが震えている間も騎士達は有象無象を次々と屠っていく。
一度、襲ってきた者達だ。逃げることも許さず殲滅していく。
「く、くそぉ!」
蟲けらが叫んでいる。小さな体にショートソードを構えて体をふるわせている。
色素がうすい茶色っぽい髪に、そばかす混じりの色白の気弱そうな表情。
(ドリスじゃねーか)
バルバロッサは受けた施しは忘れない。借りは戦士にとって致命的だからだ。
だから、逡巡する。
あいつのきまぐれかもしれない。だが、バルバロッサはあのパンの味を覚えている。壁に背を預け、座り込むバルバロッサに投げ捨てるように渡された固く黒いパン。無我夢中で胃に流し込んだ。
味も、心もひと時の満足感を与えてくれた。
(極上のメシだったぜ)
だから、やる。
騎士は四人。一流じゃなくても分かる。無理だ。
だが、早くせねばドリスはすぐに切り刻まれてしまうだろう。
バルバロッサの視界に馬車から戦場を覗く女の顔が見えた。
口元が歪む。すぐさま、懐から糸を取り出し、先端にナイフをくくりつける。
即席の暗器を振り下ろし、音もなく目下の馬車の幕を切り裂いた。
バルバロッサは枝から飛び降りる。音もなく飛び降りたことで車体が揺れ、女は目を丸くしている。
「え?」
女の声が零れ落ちる。叫ぶよりも早く、先に拘束してナイフを突きつける。
「止めさせろ」
「――ッ!? ……! ……!」
女は激しい呼吸をするばかりで、聞く様子がない。
舌打ちをしつつ女を拘束しながら、馬車を降りる。幸いなことに女が暴れる様子は無さそうだ。
「ハッ、俺らの勝ちだぜ」
騎士が振り向く。ドリスが目を丸くしている。そんなドリスにバルバロッサは目配せをした。貧民街を生きるだけあって、察しが良い。
「すまねぇ!」
そういって、ドリスは一目散に逃げていく。
(これでチャラだ)
しかし、この女。いい匂いがしやがる。
ためしに尻を掴んでみれば、か細い悲鳴をあげる。
バルバロッサの下腹部にほんの少し熱が帯びた。
「クハハハ! そうか! これが女か! 間抜けどもが必死になるわけだ! 」
「離せ! そのお方を離せ、下郎!」
「だめだ。気に入った。試したいことが山程ある。おら、ついてきな」
後退する。決して、騎士に背は向けない。
ふわりと花のような匂いが鼻腔をくすぐる。女だ。女はよく知らねぇ。が、この女は極上だ。街の連中とは違う。
ふと、バルバロッサは気がついた。
(帝国の騎士ってのは薄情なのか?)
主が捕えられているというのに警告を発したのみで動く気配すらねぇ。
「……あ、あなた、お名前は?」
「あ? 呑気なもんだな。バルバロッサだぜ」
震えながら名前なぞ聞いてくる女に、毒気を抜かれたようにバルバロッサは名乗る。
「へぇ。面白い」
——ぞわり。
かつてない悪寒を感じて、バルバロッサは飛び退いた。逃げろと脚が訴えかける。
途端、風切音と共に彼女の膝が目の前を通り過ぎた。
「いい。いい反応ですわ。私はレダ。レダ・ダイタス。ふふ、面白い! 面白いです! 私の方が強いに決まってます! さぁ、勝負なさい!」
やはり、世界はクソッタレだ。こんな女もいるもんなのかと、ゲロをぶちまけたくなった。




