◆第182話:リゼルに託されたもの◆
翌日――
目覚めたリゼルは探索を再開した。
「だいたいの部屋は見ましたが、地下はまだ未踏が残っていますね」
「そろそろ、まともな服……せめて靴が欲しいです」
昨日の訓練で足裏を擦りむいていた。
身体に巻いていた布を少し裂いて足に巻き、痛みをこらえて歩く。
石の階段を下り、実験場とは逆方向へ歩んでいた。
回廊の側面には鉄格子、中には鎖、そして生臭い匂い――
「……牢ですか。何かを飼っていた……いえ、繋いでいた?」
横目で通り過ぎ、さらに奥へ進む。
金属でできた重い扉が現れる。
把手に手をかけ、体重をかけて引く。
ギッ、ギギギ――。
錆びた金属が悲鳴を上げた。
部屋の中には、魔導術具が整然と保管されていた。
「これは……見覚えがあります」
球形の術具に指を這わせる。
かつて、ヴァルザに戦況を報告した浮遊端末だ。
だが、魔力を感じず沈黙していた。
「もう、動かないのですね」
応えない無機の静けさ。
(動いてくれたら、“ひとり”じゃなくなるのに)と、胸の奥で小さく思う。
「さて、他には――」
さらに奥を探索する。
そこには、見栄えのいい台座に突き立てられた一本の黒紫杖。
周囲には大剣の刃、槍の穂、大斧の両刃が鎮座している。
「……!」
直感が告げた。これはヴァルザの戦具であると。
台座の銘が光を拾う――《律創杖剣レギオン・セファル》。
「魔哭神ヴァルザ様の戦具に相違なし……なんと神々しい」
恐る恐る杖に触れる。
刹那、リゼルの魔力に反応して脈動が走り、細く清冽な光の線が浮かんだ。
同じ主の因子に触れたからか、杖剣は眠りから目覚めるように応えた。
まるで迎え入れるように息を吹き返す。
「あ……ああ……。受け入れてくださるのですか、ヴァルザ様……!」
祝福に似た感覚が、全身を満たす。
ヴァルザの杖剣が鼓動し、杖に嵌められた魔晶が輝きを取り戻す。
そのきっかけはリゼルの魔力、神託であると思うのも当然であった。
「“使命”を果たすその日まで、御身の戦具、拝借いたします」
《律創杖剣レギオン・セファル》の台座を前に膝をつき、指を組み、目を瞑り、誓いを捧げた。
初めて手にする戦具は、魔哭神ヴァルザが使っていたもの。
そしてそれが、仮初であっても自身の力となった、
信仰は、さらに深くなる。
◇
数ヶ月が過ぎた。
魔哭神の居城・外縁――魔の霧のただ中。
「――クロノ・アシュータ」
身体動作・反応・思考を一挙に駆動させ、影が奔る。
リゼルの装いは一変していた。
腰上で切られた唐装風の短衣が歩みに合わせて薄く揺れ、薄紫の五分袴は膝下で端正に収まる。
黒革の短靴が石を軽く叩き、金の耳飾りが無垢な横顔に鋭い光を添えた。
保管庫で見つけた衣服を、違和感なく着こなしている。
そして、手には《律創杖剣レギオン・セファル》。
「――ディメンション・レイズ」
異相を貫く光条が放たれ、標的の樹を穿つ。
断続的に抉られ、やがて倒壊する。
杖剣を手に入れたリゼルは、魔法訓練を毎日続けていた。
《セファル=クレイモア》(大剣形態)、《レギオン=ランス》(槍形態)へと素早く変形させながら、身のこなしは数か月で洗練の域に達した。
その時――
ガシャン、ガシャン、と金属の音が近づく。
「ようやく来ましたね」
杖剣を肩にかけ、音の鳴る方を向く。
黒甲冑に身を包んだ下級兵たち――かつては魔哭神の尖兵。
主を失い、神領を彷徨っていた個体が、リゼルの前に姿を現す。
「さあ、仕上げです」
杖剣を掲げ、息を深く吐く。
「時よ、止まれ。空よ、閉じよ。記録なき始まりを終焉へ還せ」
極大魔法の詠唱が紡がれる。
時魔法と空間魔法を高め、融合してようやく発動できる『時空魔法』。
敵兵らは無感情に歩を進める。
距離、十二歩。歩調は一定。槍先が揺れない。――逃げる必要はない。
リゼルは半歩引き、足裏の位置だけを確かめた。
魔力の塊を目指して進む。
「我が命に従い、この時空を支配する。世の理を蹂躙し、ありのままを嗤い壊す」
金の瞳が、冷たく据わる。
「汝の存在、輪廻より抹消する――テンペル・ヴァニシア!」
リゼルの背後に、黒曜の時計塔の幻影が聳えた。
秒針が逆行し、空気が軋む。
兵らの周囲に時間の歪みが生まれ、空間そのものがごっそりと欠落する“無の楕円”へと飲み込まれていく。
音が消え、色が消え、光が消え、そこに「何かがあった」という認識すら薄れて霧散する。
残るはただの静寂。
リゼルの魔核が軋む、視界の端が欠ける、全身をめぐる魔力が欠乏するのを覚えた。
それでも上々の結果であった。
「……ふう~。まあまあ、ですね」
地面は抉れ、木々は途切れ、楕円の空白だけが残った。
極大魔法の詠唱、しかも二属性の融合を果たしたリゼル。
それは神造生命体の中でも特異であった。
鍛錬を終え、リゼルは決意を携えて玉座へ向かう。
玉座の前で膝をつき、右手を胸に当て、深く頭を垂れた。
「ヴァルザ様。お時間をいただきましたが、わたくし、リゼルの準備が整いました」
「これより“使命”を果たすべく、段取りを進めます」
「今しばらく、お待ちくださいませ」
視線の先にあるのは、もはや“空の玉座”ではない。
そこには“黒い歪み”が鎮座している――いや、元よりそこにあった。
魔法訓練を繰り返すことで魔核の活性し、それが視えるようになった。
リゼルはその歪みを『ヴァルザの魂』と定義し、定期的に声をかけ続けている。
返事がないからこそ、祈りは研がれていった。
「では、行ってまいります」
口元に浮かぶ笑みは、どこかヴァルザに似ていた。
冷ややかで、妖しく。それでも確かな忠義を宿して。
象徴――ヴァルザ。
愛し、親しみ、憧れるその背を目標に、これからも探求を続ける。
果てしない“使命”を果たすために、狂信者は歩き出す。
◇ ◇ ◇
魔哭神の居城・地下。
リゼルが産まれ育った場所は、いまや拠点であり工房となっていた。
最奥には生成術具が並ぶ。
リゼル、ネヴァ、ヴァイエルナ、セルドリカ、レーテシア。
エクリナらを攫った夜会で負った傷を癒すため、それぞれが沈み、眠る。
ゴポゴポ、チュルチュル――
ひとつの生成術具から、液体の排出音。
プシュ――
空気が入れ替わり、蓋が開く。
術具の縁を掴む、相変わらずの華奢な手、細い指先。
それでも以前とは違い力強かった。
「……かは、かは」
体内の液を吐き出し、息を整える。
「はぁ、はぁ……久々に入りましたが、気分のいいものではありませんね」
生まれ落ちた刻がよぎるリゼル。
「同じ寝床だと、夢まで似てくるのでしょうか」
夢を思い出しながら言うリゼル。
「さて。身支度を整えたら、ヴァルザ様へ祈りと報告を」
硝子繭から這い出つつ、隣の生成術具を一瞥する。
「回復には、まだ時間が要りそうですね。――わたくしがやらねば」
方針を胸に刻み、歩き出す。
歩はゆっくり、だが確かに“使命”を必ず果たす、と誓い続けながら。
次回は、『2月8日(日)13時ごろ』の投稿となります。
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