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魔王メイド・エクリナのセカンドライフ  作者: ひげシェフ
第九章:闇に芽吹く信頼

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◆第180話:リゼルの魔法訓練◆

相も変わらず、ヴァルザの書斎で過ごす日々。

繰り返し見ていた魔法書を閉じる。


「だいたいは理解できました。――そろそろ、魔法の練習をしないといけませんね」

ある程度の知識を身につけたリゼルは、自身の魔法適性を確かめたくなっていた。


本来なら球型術具が適性を測る。だが――主なき居城では沈黙していた。

誰も教えてくれない――自分の手で確かめるしかなかった。


「ここは聖域。……広いところでやりましょう」

ここで汚せば、主の痕跡を汚すことになる――そう思えた。

その恐れだけが、主の不在を埋めていた。

ヴァルザの書斎=聖域、と心の中で定義して、探索の折に見つけていた部屋へ向かう。



ペタン、ペタン――

石の階段を下りる足裏が、冷たさを吸う。

布を身体に巻きつけ、裸足のまま。

手元には魔法書しかない。


「ここは寒いので、あまり来たくないのですが……」


魔法書を抱きしめながら肩を両手でさすり、少しでも冷えをまぎらわせる。

それでも息は仄かに白くなり、身体を震わせる。


ペタン、ペタン――

無様な足音を鳴らしながら石壁の回廊を進み、やがて辿り着く。


「ここなら、失敗しても何とかなるでしょう」


ひときわ広い部屋。

かつて“神造生命体”たちのために設けられた、ヴァルザの実験場。

床や壁のあちこちに、黒いシミがこびりついている。


「さて、この魔法書によれば……まずは頭の中に魔法式を描く」

「わたくしの適性は不明。基本からいきます」


息を整え、指先をそろえる。


「――炎。スカーレット・ニードル!」


魔法式を思い描き、手に魔力を集める。

書かれているとおりに。


……何も起きない。

掌の奥で、魔力だけが渦を巻く。魔核は動き、収束もできていた。

それでも――


「……な、何も出ない」


熱はあるのに、外へ噴き出す“出口”が見つからなかった。

戸惑うリゼル。気持ちを切り替える。


「次にいきましょう。――雷。ライトニング・スナップ!」


……沈黙。

実験場にリゼルの声が響くだけだった。


「魔法式が間違っている? 魔力収束が不足? まさか、魔法属性が……ない?」


首を振る。

「いえいえ……そんなことは……」


冷や汗が出てくる。

焦りが、喉の奥を乾かす。


「この本には――秀でた属性以外にも、劣化でも使える属性が備わる、と……」


記述を反芻しながら、もう一度ページをなぞる。

魔法書を始めから読み直す。


「焦ってはいけません、リゼル。ここには――根気強く試すように、もある」


顔を上げる。

「こうなったら、あらゆる属性を試しましょう!」


本に育てられた幼子は、ただ律儀に実行する。

風――無音。氷――白い気配すらない。闇――何も落ちない。


「次こそは。次こそは、主の因子が応えてくれるはずだ」


くじけずにページの順に試した。

幻術。光。結界。水。大地。樹木。爆発。治癒。金属。重力——

だが、どれも沈黙だった。


「……基本も、希少も、発動しない」


魔法書が手から滑り落ちる。

膝が折れ、両手が床に触れる。そして金の眼に、うっすら涙が滲む。


「わたくしには、魔法属性は受け継がれなかったのでしょうか……」


落とした魔法書を抱きしめ、床に座り込む。

「わたくしは……ヴァルザ様の“子”では、ないのでしょうか……」


頬を伝う、初めての涙。

胸の奥が、きゅう、と鳴る。


「そういえば……以前、ヴァルザ様はわたくしの傍らで、怪訝なお顔を……」

「そういうこと、だったのですね。……わたくしは、“失敗作”なんですね……」


雫が増える。止まらない。

魔法書を抱く力が強くなる。


「う、っ……う……ぐす……あ、あああああ――!!」


広い実験場に、幼い嗚咽が反響した。

天を仰ぎ、声を出して泣き叫ぶ。

やれることはやった、全力を出した、それでも魔法は発現しなかった。

生まれて初めての挫折を味わった。


 ◇


涙が枯れ、声がかすれた頃。

リゼルは冷たい石床に横たわっていた。泣き疲れた身体が、ひく、と震える。


ぐぅぅ~~~……きゅる、きゅるきゅる~~……


「……間抜けな音ですね。こんな時にも、腹は減る。……なんと無情な……」


力なく身を起こし、壁に手をついて立ち上がる。

胸には指南役の魔法書を抱えたまま。足取りは重いが、書斎へ向かって歩き出す。


――実験場に残ったのは、冷えた床と、新しく増えたシミだけだった。

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