# 第二十四話 すべての清算
# 第二十四話 すべての清算
戦勝祝賀の翌朝、王宮の北の塔で、継母レーゲンシア・キールの処刑が、執行される予定であった。
けれど、その朝──。
王宮の地下牢の見張りの兵が、独房を覗いた時、継母は、すでに、息絶えていた。
「お嬢様」
ヘルガが、私室を訪れて、深く頷いた。
「レーゲンシア様の遺体を、王立医学院の薬学者と、私で、調べました。──遺体には、奥様、エレオノーラ様を、十年前に蝕んだのと、同じ、曼陀羅華の精の中毒の徴候が、見られました」
「同じ毒で……」
「ご自分で、最後の一滴を、お飲みになったご様子でございます」
私は、深く息を吐いた。
──継母レーゲンシア。
あなたは、最後の最後に、自分が母に盛った毒で、自分の命を、絶ったのですね。
それが、あなたの、最後の選択だったのですね。
私は、目を閉じた。
──お母様。
私は、心の中で、母に、呼びかけた。
お母様、復讐は、果たせました。けれど、私の心に、勝利の歓喜は、ありません。
ただ、深い、深い、終わりの感覚だけが、残っております。
その日の午後、王宮で、母エレオノーラへの、王立紫薔薇章の追贈式が、行われた。
王陛下御自らが、紫薔薇の徽章を、母の肖像画の前に、お置きになった。
「エレオノーラ・フォン・アーデンフェルト。汝、王国の領民を救うため、二度の飢饉対策を、領地で実践し、その手法を、王宮へも伝えた。汝の知恵と慈愛は、王国の歴史に、永遠に刻まれる」
王陛下のお声が、王宮の大広間に、響かれた。
私の隣で、父アーデンフェルト侯爵が、深く、頭を下げた。
父の頬を、涙が、伝っていた。
「エレオノーラ……」
父は、母の肖像画に向かって、囁いた。
「お前を、守れず、すまなかった。──だが、お前の娘が、お前の名誉を、王国に、お返ししてくれた」
私は、父の腕に、そっと、手を、添えた。
「お父様」
「シャル」
父は、私の頭を、ゆっくりと、撫でた。
「お前は、本当に、エレオノーラの娘だ」
その夜、グリュンヴァルト公爵邸の応接間で、父は、私とアルフレート様の前に、座った。
「シャル、アルフレート卿」
父の声は、穏やかだった。
「私は、明日、王陛下御自らに、アーデンフェルト侯爵位を、辞する旨を、ご奏上申し上げる」
「お父様……」
「侯爵家は、エレオノーラの遺児であるお前と、お前の遠縁の従兄弟、ハインリヒ・フォン・アーデンフェルトが、共同で、新しい時代を、築くことになる。ハインリヒは、控えめな青年だが、誠実で、王宮文官としての実績もある。彼が、新侯爵として、家を継ぐことを、私は、すでに、王陛下御自らに、ご相談申し上げておる」
「お父様、それは……」
「私は、もう、侯爵家の主であるべき器ではない」
父は、深く、息を吐いた。
「私は、長年、レーゲンシアの存在を、見抜けなかった。そして、お前を、長く、屋敷の中で、孤立させた。──私は、自分の罪を、引き受けねばならぬ」
「お父様、お父様は、私を、最後まで、守ってくださいました」
「シャル」
父は、私の手を、両手で、握った。
「お前が、生きて、お前の人生を、自分の手で、選んでくれていることが、私の最大の救いだ。──私は、これから、グリュンヴァルト公爵領で、お前と、アルフレート卿の、お側で、孫の誕生を、待たせていただきたい」
私は、父の手に、頬を、寄せた。
「お父様」
「シャル」
「私の傍に、いてくださいませ」
父の瞳から、涙が、零れた。
そして、父は、深く、頷いた。
「ああ、シャル」
その後の数日間、王宮では、すべての清算が、進められた。
エミール・ラントシュタインは、王宮の宰相補佐補に、正式に、任命された。彼は、王立学院での卒業時の二位の成績と、文官試験での首席合格、そして、戦勝祝賀での、義姉に対する勇気ある証言を、王陛下御自らから、お褒めにあずかった。
トビアス・カーンは、王立学院を首席で卒業し、宰相補佐の見習いとして、王宮に上がった。
ヤン・エルバッハは、近衛騎士団の正式な団員に、昇進した。彼は、引き続き、グリュンヴァルト公爵家の警備の中核として、私の側に、控えてくれることになった。
マリエッタ・ロスバーンは、王太后陛下のお側を辞して、グリュンヴァルト公爵夫人付きの侍女頭として、私の側に、移ってくれた。
バルト卿は、王陛下御自らから、王宮名誉騎士の称号を、授かった。
クルツ、ヘルガ、アンナ、ベアトリス、ロザンナ、ハインツ──母の旧臣たちは、全員、グリュンヴァルト公爵家の家政を、新しい職分として、引き受けてくれた。
そして、義姉イザベラは、王都の遠く、北方の修道院に、終身で、送られた。
私は、後日、修道院の院長から、義姉の様子を、報告として、受け取った。
「イザベラ様は、修道院に到着なさってから、毎日、一人で、薔薇園の手入れを、なさっておられます。誰とも、お話しになられず、ただ、薔薇の手入れだけを、続けておられます。──院長としては、彼女のお心が、いつか、和らぐ日を、お祈り申し上げております」
私は、その報告を、暖炉の火に、近づけた。
けれど、火に、入れなかった。
──お姉様。
私は、心の中で、姉の名を、呼んだ。
あなたは、もう、私の人生に、戻ってきません。
そして、私も、あなたの人生に、踏み込みません。
私たちは、それぞれの選択の果てで、それぞれの人生を、終えていくのです。
その夜、私は、グリュンヴァルト公爵邸の私室で、母の銀の髪飾りを、額に、当てた。
「お母様」
私は、囁いた。
「すべて、終わりました」
「私は、お母様の名誉を、お返しいたしました」
「そして、私は、お母様の娘として、これから、新しい人生を、生きてまいります」
蝋燭の灯りが、銀の髪飾りの上で、温かく、揺れていた。
そして、その夜、アルフレート様が、私の傍らに、来てくださった。
「シャル」
「はい」
「君は、本当に、よくやり遂げた」
「アルフレート様」
「シャル」
彼は、私の頬に、そっと触れた。
「これから、私たちは、本当の意味で、新しい家族として、生きていくのだ」
私は、頷いた。
「はい」
「お母様の遺された道を、私と、お父様と、私たちの子と、皆で、歩いてまいりましょう」
「シャル」
彼は、私を、強く、抱き締めた。
「ありがとう」
私の頬を、涙が、伝った。
夜風が、グリュンヴァルト公爵邸の窓の外で、低く、鳴っていた。
雪が、深く、降り積もっていた。
王都の灯りが、星のように、瞬いていた。
──そして、私の身体の中で、新しい命が、すこしずつ、大きくなっていった。
私の人生の、本当の続きが、ようやく、始まろうとしていた。




