表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/25

# 第二十四話 すべての清算

# 第二十四話 すべての清算


戦勝祝賀の翌朝、王宮の北の塔で、継母レーゲンシア・キールの処刑が、執行される予定であった。


けれど、その朝──。


王宮の地下牢の見張りの兵が、独房を覗いた時、継母は、すでに、息絶えていた。


「お嬢様」


ヘルガが、私室を訪れて、深く頷いた。


「レーゲンシア様の遺体を、王立医学院の薬学者と、私で、調べました。──遺体には、奥様、エレオノーラ様を、十年前に蝕んだのと、同じ、曼陀羅華の精の中毒の徴候が、見られました」


「同じ毒で……」


「ご自分で、最後の一滴を、お飲みになったご様子でございます」


私は、深く息を吐いた。


──継母レーゲンシア。


あなたは、最後の最後に、自分が母に盛った毒で、自分の命を、絶ったのですね。


それが、あなたの、最後の選択だったのですね。


私は、目を閉じた。


──お母様。


私は、心の中で、母に、呼びかけた。


お母様、復讐は、果たせました。けれど、私の心に、勝利の歓喜は、ありません。


ただ、深い、深い、終わりの感覚だけが、残っております。


その日の午後、王宮で、母エレオノーラへの、王立紫薔薇章の追贈式が、行われた。


王陛下御自らが、紫薔薇の徽章を、母の肖像画の前に、お置きになった。


「エレオノーラ・フォン・アーデンフェルト。汝、王国の領民を救うため、二度の飢饉対策を、領地で実践し、その手法を、王宮へも伝えた。汝の知恵と慈愛は、王国の歴史に、永遠に刻まれる」


王陛下のお声が、王宮の大広間に、響かれた。


私の隣で、父アーデンフェルト侯爵が、深く、頭を下げた。


父の頬を、涙が、伝っていた。


「エレオノーラ……」


父は、母の肖像画に向かって、囁いた。


「お前を、守れず、すまなかった。──だが、お前の娘が、お前の名誉を、王国に、お返ししてくれた」


私は、父の腕に、そっと、手を、添えた。


「お父様」


「シャル」


父は、私の頭を、ゆっくりと、撫でた。


「お前は、本当に、エレオノーラの娘だ」


その夜、グリュンヴァルト公爵邸の応接間で、父は、私とアルフレート様の前に、座った。


「シャル、アルフレート卿」


父の声は、穏やかだった。


「私は、明日、王陛下御自らに、アーデンフェルト侯爵位を、辞する旨を、ご奏上申し上げる」


「お父様……」


「侯爵家は、エレオノーラの遺児であるお前と、お前の遠縁の従兄弟、ハインリヒ・フォン・アーデンフェルトが、共同で、新しい時代を、築くことになる。ハインリヒは、控えめな青年だが、誠実で、王宮文官としての実績もある。彼が、新侯爵として、家を継ぐことを、私は、すでに、王陛下御自らに、ご相談申し上げておる」


「お父様、それは……」


「私は、もう、侯爵家の主であるべき器ではない」


父は、深く、息を吐いた。


「私は、長年、レーゲンシアの存在を、見抜けなかった。そして、お前を、長く、屋敷の中で、孤立させた。──私は、自分の罪を、引き受けねばならぬ」


「お父様、お父様は、私を、最後まで、守ってくださいました」


「シャル」


父は、私の手を、両手で、握った。


「お前が、生きて、お前の人生を、自分の手で、選んでくれていることが、私の最大の救いだ。──私は、これから、グリュンヴァルト公爵領で、お前と、アルフレート卿の、お側で、孫の誕生を、待たせていただきたい」


私は、父の手に、頬を、寄せた。


「お父様」


「シャル」


「私の傍に、いてくださいませ」


父の瞳から、涙が、零れた。


そして、父は、深く、頷いた。


「ああ、シャル」


その後の数日間、王宮では、すべての清算が、進められた。


エミール・ラントシュタインは、王宮の宰相補佐補に、正式に、任命された。彼は、王立学院での卒業時の二位の成績と、文官試験での首席合格、そして、戦勝祝賀での、義姉に対する勇気ある証言を、王陛下御自らから、お褒めにあずかった。


トビアス・カーンは、王立学院を首席で卒業し、宰相補佐の見習いとして、王宮に上がった。


ヤン・エルバッハは、近衛騎士団の正式な団員に、昇進した。彼は、引き続き、グリュンヴァルト公爵家の警備の中核として、私の側に、控えてくれることになった。


マリエッタ・ロスバーンは、王太后陛下のお側を辞して、グリュンヴァルト公爵夫人付きの侍女頭として、私の側に、移ってくれた。


バルト卿は、王陛下御自らから、王宮名誉騎士の称号を、授かった。


クルツ、ヘルガ、アンナ、ベアトリス、ロザンナ、ハインツ──母の旧臣たちは、全員、グリュンヴァルト公爵家の家政を、新しい職分として、引き受けてくれた。


そして、義姉イザベラは、王都の遠く、北方の修道院に、終身で、送られた。


私は、後日、修道院の院長から、義姉の様子を、報告として、受け取った。


「イザベラ様は、修道院に到着なさってから、毎日、一人で、薔薇園の手入れを、なさっておられます。誰とも、お話しになられず、ただ、薔薇の手入れだけを、続けておられます。──院長としては、彼女のお心が、いつか、和らぐ日を、お祈り申し上げております」


私は、その報告を、暖炉の火に、近づけた。


けれど、火に、入れなかった。


──お姉様。


私は、心の中で、姉の名を、呼んだ。


あなたは、もう、私の人生に、戻ってきません。


そして、私も、あなたの人生に、踏み込みません。


私たちは、それぞれの選択の果てで、それぞれの人生を、終えていくのです。


その夜、私は、グリュンヴァルト公爵邸の私室で、母の銀の髪飾りを、額に、当てた。


「お母様」


私は、囁いた。


「すべて、終わりました」


「私は、お母様の名誉を、お返しいたしました」


「そして、私は、お母様の娘として、これから、新しい人生を、生きてまいります」


蝋燭の灯りが、銀の髪飾りの上で、温かく、揺れていた。


そして、その夜、アルフレート様が、私の傍らに、来てくださった。


「シャル」


「はい」


「君は、本当に、よくやり遂げた」


「アルフレート様」


「シャル」


彼は、私の頬に、そっと触れた。


「これから、私たちは、本当の意味で、新しい家族として、生きていくのだ」


私は、頷いた。


「はい」


「お母様の遺された道を、私と、お父様と、私たちの子と、皆で、歩いてまいりましょう」


「シャル」


彼は、私を、強く、抱き締めた。


「ありがとう」


私の頬を、涙が、伝った。


夜風が、グリュンヴァルト公爵邸の窓の外で、低く、鳴っていた。


雪が、深く、降り積もっていた。


王都の灯りが、星のように、瞬いていた。


──そして、私の身体の中で、新しい命が、すこしずつ、大きくなっていった。


私の人生の、本当の続きが、ようやく、始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ