# 第二十三話 真の黒幕
# 第二十三話 真の黒幕
ガルベルト先生は、革張りの冊子を、王陛下御自らの前に、お置きした。
「陛下、これは、十年前、私がエレオノーラ侯爵夫人のお薬の異常を察知し、密かに、王立医学院の薬学者と協力して、進めた分析の記録でございます」
王陛下が、深く、お頷きになられた。
「ご朗読を」
ガルベルト先生は、白髪を、深く、お垂れになった。
「奥様、エレオノーラ侯爵夫人のお薬の中には、本来、含まれぬ成分が、慢性的に、混入しておりました。──『曼陀羅華の精』、別名、ベラドンナの濃縮液。少量では症状を抑える鎮痛剤に使われますが、一定量を超えると、心臓と肝臓を、徐々に、蝕みます」
「混入の出処は」
「アーデンフェルト侯爵家、奥様の侍女頭でいらした、レーゲンシア・キール様の実家、キール家の薬箱でございます。曼陀羅華の精の納品記録、薬師との取引記録、すべて、王宮の文官部の調査と、私の独自の調査で、確認されております」
王陛下が、書類を、お受け取りになり、ゆっくりと、お読みになった。
そして、お顔を、上げられ、継母レーゲンシアを、お見据えになった。
「アーデンフェルト侯爵夫人、レーゲンシア・キール」
「陛下……」
「貴殿は、十年前、奥様であらせられたエレオノーラ侯爵夫人のお薬に、慢性的に毒物を、混入させた。──この事実を、認めるか」
継母レーゲンシアの顔が、瞬時に、白く、凍った。
そして、彼女は、突然、激しく、首を、振った。
「陛下、それは、誤解でございます! 私は、奥様を、心から、お慕いしておりました! 奥様のお薬は、すべて、ガルベルト先生のご処方の通りに、お渡ししておりました!」
「クルツ、ヘルガ、前へ」
私は、声を、上げた。
母の旧家令と、薬師が、進み出てきた。
「クルツ。当時、お母様の屋敷の薬箱の管理を、誰が行っていましたか」
「お嬢様、当時、奥様の薬箱の管理は、侍女頭であらせられたレーゲンシア様、お一人にございました。──私が、毎日、目撃しておりました」
「ヘルガ。当時、お母様の薬箱に、王立医学院から納入されていた以外の薬が、混入していた事実は、ございますか」
「ございました、お嬢様。私は、奥様のご逝去の三ヶ月前、薬箱を、密かに点検したことがございます。そのとき、見覚えのない小瓶が、奥様のお薬の中に、紛れ込んでおりました。それを、ガルベルト先生に、ご報告申し上げました」
「ガルベルト先生」
「はい、お嬢様」
「その小瓶を、先生は、お調べになりましたか」
「はい。──小瓶の中身は、曼陀羅華の精でございました。出処の薬師は、キール家のご専属でございました。私は、王立医学院の同僚にも、確認をいたしました。間違いはございません」
王陛下が、深く、お頷きになられた。
「アーデンフェルト侯爵夫人、レーゲンシア・キール。さらに、申し開きの儀は」
継母は、もはや、声を、出せなかった。
そして、私は、最後の証拠を、出した。
「お父様」
私は、父アーデンフェルト侯爵のほうを、向いた。
「お母様の、最後のお手紙を、王陛下御自らに、お見せくださいませ」
父は、深く、頷いた。
そして、革張りの小箱から、一通の古い手紙を、取り出した。
「陛下、私は、これまで、この手紙を、誰にも、お見せしておりませんでした。──エレオノーラの、最後の手紙でございます」
王陛下が、手紙を、お受け取りになり、お読みになった。
しばらくの沈黙の後、王陛下のお声が、響かれた。
「『私の薬を、最近、レーゲンシアが管理しておられます。彼女には、何かの企てがあるのではないかと、私は、ふと、感じることがございます』」
王陛下は、ゆっくりと、お顔を、上げられた。
「エレオノーラ侯爵夫人は、ご自身の死を、予感しておられた。そして、その死の原因を、ほぼ、特定しておられた」
継母の瞳から、堪えきれない涙が、零れた。
けれど、それは、悲しみの涙ではなかった。憎しみと、絶望と、それから、自分の運命を、ようやく受け入れる、敗北の涙だった。
「お父様……」
継母が、ようやく、声を、出した。
「お父様、私は、あなたを、お慕いしておりました。エレオノーラ様が、ご健在の時から、私は、あなたを、お慕いしておりました」
父アーデンフェルト侯爵の顔が、白く、凍った。
「レーゲンシア、お前は……」
「私は、ただ、あなたの妻に、なりたかった。──それだけでございました」
継母レーゲンシアが、両膝をついて、深く、嗚咽した。
その隣で、義姉イザベラが、放心したように、立ち尽くしていた。
王陛下のお声が、響かれた。
「レーゲンシア・キール。前アーデンフェルト侯爵夫人、エレオノーラ・フォン・アーデンフェルトの、慢性的な毒殺。シャルロット公爵夫人に対する、毒杯による暗殺未遂。グリュンヴァルト公爵家家臣バルト卿に対する、文書偽造による名誉毀損。──三つの極めて重い罪により、貴殿に、死罪を申し渡す」
「陛下……」
「執行は、明朝とする」
「畏まりました」
近衛騎士団が、継母レーゲンシアを、両側から、抱え上げた。
「イザベラ・キール」
王陛下のお声が、義姉を、お呼びになった。
「貴殿は、母レーゲンシアの共犯として、シャルロット公爵夫人に対する暗殺未遂、王立学院試験官に対する贈賄、グリュンヴァルト公爵家家臣バルト卿に対する文書偽造による名誉毀損──以上の罪により、修道院終身刑を申し渡す」
義姉イザベラの瞳から、涙が、零れた。
「シャル……」
姉は、最後の最後に、私のほうを、見た。
「シャル、ごめんなさい」
私は、扇を、ゆっくりと、開いた。
そして、姉のほうへ、深く、頷いた。
「お姉様、最後の最後に、ようやく、その言葉を、おっしゃってくださいましたね」
「シャル、私は、本当に、こんなはずじゃ──」
「お姉様」
私は、扇を翳した。
「人生は、はず、ではございません。──私たちは、自分の選択の重みを、自分で、引き受けるしか、ないのです」
近衛騎士団が、義姉を、両側から、抱え上げた。
そして、エミール・ラントシュタインが、進み出てきた。
「陛下」
「エミール・ラントシュタイン、申せ」
「私は、本日をもって、妻、イザベラとの婚姻を、解消いたしたく、王陛下御自らに、ご奏上申し上げます」
王陛下のお声が、響かれた。
「許す。──エミール・ラントシュタイン、貴殿は、本年の文官試験において、首席合格を、見事に成し遂げた。今後の、王宮への奉職を、楽しみにしておる」
「畏れ多きお言葉、ありがたく拝受いたします」
エミールは、深く、頭を下げた。
そして、近衛騎士団に、両側から、抱えられて、王宮の地下牢へ、運ばれていく義姉と継母の背中を、長く、長く、見送った。
──そして、私の前に。
私は、両手で、お腹を、撫でた。
「お母様」
私は、心の中で、母に、呼びかけた。
「すべて、終わりました」
「お母様の、本当の名誉を、お返しいたしました」
王陛下が、私のほうを、お見つめになられた。
「シャルロット公爵夫人」
「はい、陛下」
「貴殿の母エレオノーラ侯爵夫人に、王立紫薔薇章の、追贈を、申し付ける。──彼女は、本王国の、真の英雄であった」
私は、深く、頭を下げた。
涙が、止まらなかった。
「陛下、ありがとうございます」
そして、私の隣で、アルフレート様が、私の腰に、そっと、手を、添えてくださった。
「シャル」
彼の声は、温かかった。
「終わったな」
「はい」
私は、頷いた。
「アルフレート様、終わりました」
シャンデリアの光が、私たちの上に、降り注いでいた。
前世の、あの夜と、同じ光。
けれど、今度の私は、毒で倒れることなく、夫の腕の中で、生きて立っていた。
私の身体の中には、新しい命が、宿っていた。
そして、私の隣には、私を心から愛してくれる夫と、私を心から守ってくれる人々が、立っていた。
──お母様。
私は、心の中で、母に、深く、頷いた。
私は、お母様の娘として、生きてまいります。




