# 第二十五話 エピローグ ── 公爵領の朝
# 第二十五話 エピローグ ── 公爵領の朝
春が、来た。
グリュンヴァルト公爵領の北の丘の屋敷では、朝の光が、若葉の薄い緑を、金色に、染めていた。窓の外では、樫の森が、芽吹きの息吹を上げ、鳥たちが、互いを呼び合う声で、空を満たしていた。
私は、産婆の手の中で、自分の子の、最初の泣き声を、聞いた。
「奥方様、お元気な男のお子様でございます」
ヘルガが、優しく、私に、子を、預けた。
私の腕の中で、小さな、温かい命が、力強く、息をしていた。淡い銀灰色の髪。閉じた瞳。けれど、私の指を、しっかりと、握り締めて、離さない、小さな手。
「アルフレート様」
「シャル」
夫が、私の傍らで、跪いた。
彼の瞳には、涙が、溢れていた。
「我が子だ」
「はい」
私は、頷いた。
「私たちの、子でございます」
アルフレート様は、子の頭に、そっと、唇を、当てた。
「ルカン」
彼は、囁いた。
「ルカン・フォン・グリュンヴァルト。──私たちの、長男だ」
その朝、グリュンヴァルト公爵邸では、皆が、私たちの新しい家族を、祝ってくれた。
クラリス様が、私の枕元で、嬉しそうに、頬を、紅潮させた。
「お義姉様、ルカンは、本当に、可愛らしい! 私、たくさん、お遊びするわ!」
「クラリス、ありがとう」
私は、笑った。
ヴィルヘルム公爵が、深く頷きながら、孫の頬を、撫でた。
「我が孫よ、よくぞ、生まれてきてくれた」
公爵夫人は、両手で、口を、覆って、泣いていた。
父アーデンフェルト侯爵──いえ、もはや侯爵ではない、テオドール卿──も、私の枕元に、立って、深く、頭を、下げた。
「シャル、エレオノーラの孫だ。──エレオノーラも、お喜びだろう」
「お父様、ありがとうございます」
私は、父の手を、握った。
応接間の隅では、母の旧臣たちが、皆、一緒に、目を、潤ませていた。
クルツ、アンナ、ヘルガ、ベアトリス、ロザンナ、ハインツ。
そして、入口のところで、マリエッタ、ヤン、バルト卿が、それぞれの礼装で、深く、頭を下げていた。
──皆さん。
私は、心の中で、彼らに、感謝を、捧げた。
皆さんがいなければ、私は、ここまで、来られませんでした。
そして、その夜。
王宮から、一通の、特別な書状が、届いた。
「シャルロット公爵夫人
ご出産、心より、お祝い申し上げます。
そして、本日、私事ではございますが、ご報告したき儀が、ございます。
私は、来春、新しい伴侶と、控えめな式を、挙げる予定でございます。お相手は、王立学院の同期、ヴィオラ・フォン・ハイデンライヒ嬢。彼女は、私の聡明さと、私の弱さの、両方を、知っております。彼女と共に、新しい家庭を、築いてまいりたく、存じます。
私は、今、王宮の宰相補佐補として、毎日、トビアス・カーン氏と共に、王国の文官の仕事に、励んでおります。トビアス氏は、私が想像していた以上に、聡明で、誠実な青年でございます。彼の才能を、シャルロット様が、孤児院から発見してくださったこと、私は、深く、感謝申し上げております。
シャルロット様、ご恩は、生涯、忘れません。
私は、私の人生を、自分の力で、立て直す、その入り口に、立つことが、できました。これより先は、私自身の手で、歩いてまいります。
──エミール・ラントシュタイン」
私は、手紙を、読み終えて、深く、頷いた。
「アルフレート様」
「うん?」
「エミール様は、新しい人生を、ご自分の手で、歩み始められたようでございます」
アルフレート様は、優しく、頷いた。
「シャル、君が、彼を、解き放った。──彼の幸せは、君のおかげだ」
私は、頷いた。
──エミール。
私は、心の中で、彼の名を、呼んだ。
私は、あなたを、忘れません。
そして、あなたが、あなたの伴侶と共に、幸せな家庭を、築かれることを、心から、お祈り申し上げます。
数日後、グリュンヴァルト公爵領の領民たちが、ルカンの誕生を祝って、屋敷の門前に、白い花を、たくさん、捧げに来てくれた。
「公爵夫人様、おめでとうございます」
「慈愛の聖女様、お祝いを」
「ルカン様の、輝かしいご将来を、お祈り申し上げます」
私は、屋敷の門前に立って、領民たち一人ひとりに、深く、頭を下げた。
──私は、本当に、幸せでした。
前世では、王宮の祝宴で、義姉に毒杯を飲まされて、命を、落としました。
二度目の人生では、私は、自分の手で、自分の人生を、選びました。アルフレート様という、生涯の伴侶を、選びました。私は、母の旧臣たちと共に、新しい家族を、築きました。
私は、未来知識で、不幸になるはずだった人々を、救いました。クラリスを、流行り病から救いました。マリエッタを、無実の罪から救いました。ヤンを、戦地での死から救いました。トビアスを、汚職と絶望から救いました。バルト卿を、偽造の文書から救いました。そして、孤児院の子供たちを、飢饉から救いました。
その人々が、最後に、私を、お母様の真実への扉を、開く力に、なってくれました。
そして、私は、お母様の名誉を、王国に、お返しすることが、できました。
その夜、アルフレート様が、私とルカンの、寝台の傍らに、座った。
「シャル」
「はい」
「私たちは、本当の意味で、新しい人生を、始めたな」
「はい、アルフレート様」
私は、ルカンの小さな額に、そっと、口づけを、落とした。
「お母様、私は、お母様の娘として、生きてまいります」
「そして、ルカンを、お母様のような、優しく、強い子に、育ててまいります」
ルカンが、寝息を立てて、私の腕の中で、すやすやと、眠っていた。
窓の外では、グリュンヴァルト公爵領の、樫の森が、春の風に、優しく、揺れていた。
私の人生の、本当の続きが、始まっていた。
そして、その続きは、私の手で、私の選択で、私の愛する人々と共に、紡がれていく、新しい物語であった。
──終わり。
* * *
「親愛なるお母様
ルカン・フォン・グリュンヴァルトが、本日、無事に、生まれてまいりました。
私は、お母様の銀の髪飾りを、ルカンの寝台の脇に、置きました。お母様の慈しみが、ルカンを、ずっと、お守りくださると、信じております。
私は、お母様の娘として、これからも、生きてまいります。私の選択を、お母様が、お見守りくださっていること、私は、毎日、感じております。
お母様、ありがとうございました。
そして、お父様も、私たちのお側で、ご健勝にお過ごしでございます。お父様の最後の人生は、ルカンと共に、新しい笑顔の中で、紡がれてまいります。
お母様、私は、幸せでございます。
──お母様の娘 シャルロット」




