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# 第十五話 結婚式

# 第十五話 結婚式


雪解けの春、グリュンヴァルト公爵家の大聖堂で、私とアルフレート様の結婚式が、執り行われた。


王陛下、王太后陛下、王太子殿下、宰相閣下、近衛騎士団元帥──王国の主要な高官すべてが、参列してくださった。大聖堂の三百人収容の座席は、すべて埋まり、回廊にも、立ち見の貴族たちが溢れていた。


私は、純白の絹のドレスに、母エレオノーラから受け継いだ銀の髪飾りを戴き、父アーデンフェルト侯爵の腕に手を添えて、聖堂の長い赤絨毯を歩いた。


「シャル」


赤絨毯の途中で、父が、低く囁いた。


「お母様も、ご覧になっておられるよ」


「はい、お父様」


私は、頷いた。


胸の奥に、堪えきれない感謝が、込み上げた。


──お母様、見ていらっしゃいますか。


私は、お母様のお導きの通り、この場所まで、辿り着きました。


聖堂の祭壇の前に、銀灰色の髪のアルフレート様が、立っていた。彼は、銀の縁取りの黒い礼装を纏い、胸元には近衛騎士団の徽章を光らせていた。父が、私の手を、彼の手に、預けた。


「アルフレート卿」


父の声は、震えていた。


「我が娘シャルロットを、よろしくお願いいたします」


アルフレート様は、深く礼をして、私の手を、両手で受け取った。


「お任せください、テオドール卿。──シャルロットは、本日より、私が、生涯をかけて、守ります」


王都の大司教の祝福の言葉が、聖堂の天井に響いた。


「シャルロット・フォン・アーデンフェルト。あなたは、アルフレート・フォン・グリュンヴァルトを、生涯の伴侶として、いかなる時も、共に歩むことを、誓いますか」


「はい、誓います」


「アルフレート・フォン・グリュンヴァルト。あなたは、シャルロット・フォン・アーデンフェルトを、生涯の伴侶として、いかなる時も、共に歩むことを、誓いますか」


「はい、誓います」


大司教が、私たちの手の上に、聖水を注いだ。


そして、アルフレート様が、私のヴェールを、ゆっくりと、上げた。


「シャル」


「はい」


「愛しています」


短い言葉が、温かく、私の胸に染みた。


私は、彼を見上げて、頷いた。


「私も、お慕い申し上げます」


彼の唇が、私の額に、軽く、触れた。


聖堂が、拍手と祝いの言葉に、包まれた。


──私は、アルフレート様の妻に、なった。


そして、グリュンヴァルト公爵家の、新しい夫人に、なった。


聖堂を出た後、私たちは、王宮の馬車で、王都の大通りを、ゆっくりと巡行した。


王都の民衆が、街路に溢れ、私たちに白い花を投げた。子供たちが、馬車の脇を走り、女性たちは、ハンカチを振った。


「公爵夫人、万歳!」


「慈愛の聖女、万歳!」


「飢饉から、お救いくださってありがとう!」


エレオノーラ館で、孤児たちと共に冬を過ごしたアンナが、孤児たちと、列の最前列で、声を張り上げていた。マリエッタは、王太后陛下の御使いとして、馬車の後ろで控えていた。ヤンは、近衛騎士団の正装で、馬車の脇を、護衛として進んだ。


クルツ、ベアトリス、ロザンナ、ハインツ──母の旧臣たちは、王都の街角で、小旗を振っていた。


私は、馬車の窓越しに、彼ら一人ひとりに、深く、頷いた。


──皆さん、ありがとう。


私の心の中で、何度も、感謝が溢れた。


王宮の祝賀広場では、王陛下が御自ら、私たちを迎えてくださった。


「シャルロット公爵夫人」


王陛下が、私の名を、新しい称号で呼ばれた。


「あなたは、王国に、深い恵みをもたらされた。これからも、グリュンヴァルト公爵夫人として、王国を支えてくださると、信じている」


「畏れ多きお言葉、ありがたく拝受いたします」


私は、深く、礼をした。


そして、その夜の祝宴で。


私が義姉イザベラの姿を、ようやく見つけたのは、祝賀広場の隅の、ひっそりとした柱の影だった。


姉は、青ざめた顔で、深紅のドレスを纏って、ひとり、ぽつんと立っていた。エミールは、姉のすぐ近くで、別の文官たちと、礼儀正しく挨拶を交わしていた。けれど、夫婦の間に、明らかに、深い距離が、横たわっていた。


私は、扇を翳して、姉に近寄った。


「お姉様」


「シャル……」


姉は、私を見上げた。


姉の瞳は、虚ろで、表情には、もはや、社交界の華やかさは、欠片も、残っていなかった。


「ご出席、ありがとうございます」


私は、優雅に、礼をした。


「シャル、私は……」


姉の声は、震えていた。


「私は、本当に、こんなはずじゃ、なかったのよ」


「お姉様、人生に、はず、というものは、ございません」


私は、扇を翳して、ささやいた。


「私たちは、一度ずつ、自分の人生を、生きるしか、ないのです」


姉の瞳から、堪えきれない涙が、零れた。


──ああ、お姉様。


姉は、ようやく、自分が選んだ道の重みを、本当の意味で、引き受け始めた。


けれど、もう、遅い。


姉が、エミールを「これから化ける男」と勘違いして奪った時点で、姉の運命は、姉自身の選択によって、決まってしまった。


「シャル、私は、許して、もらえる?」


姉が、震える声で、囁いた。


私は、目を閉じた。


そして、ゆっくりと、首を振った。


「お姉様、許す、許さないは、私が決めることでは、ございません」


「シャル……」


「お母様の真実が、明らかになる、その時、お姉様は、自分の罪と、向き合うことになります」


姉の顔から、瞬時に、血の気が引いた。


「シャル、それは、何のこと──」


私は、もう、姉の言葉を聞かずに、扇を翳して、その場を辞した。


エミールが、私の傍らを、すれ違う時に、ほんの少し、頭を下げた。


「公爵夫人、お幸せに」


「エミール様、ありがとうございます」


私は、彼に、深く礼を返した。


──エミール。


私は、心の中で、彼の名を呼んだ。


私は、あなたを、忘れません。


あなたが、ご自分の道を、しっかりと、歩まれることを、私は、心から、お祈り申し上げます。


その夜、王宮の大広間で、私とアルフレート様は、最初の夫婦のダンスを踊った。


楽団の四重奏が、ゆっくりとしたワルツを奏でた。アルフレート様の右手が、私の腰に、優しく置かれた。私の右手は、彼の左手に、預けられた。


「シャル」


「はい」


「ご家族の皆様も、安心しておられたな」


「はい。──お父様も、お母様も、本日のことを、ご覧くださっていると、信じております」


「シャル」


アルフレート様の声が、低くなった。


「明日、ガルベルト先生のもとへ向かおう」


私は、頷いた。


「はい」


「父御も、ヴェルナー卿も、ご一緒する。──そして、母御の真実を、明らかにしよう」


「アルフレート様、ありがとうございます」


ダンスが終わり、私たちは、王陛下に深く礼をして、王宮を辞した。


馬車の窓越しに、王都の灯りが、星のように瞬いていた。


──お母様。


私は、心の中で、母に呼びかけた。


私は、本日、グリュンヴァルト公爵夫人になりました。


そして、明日から、本当の意味での、お母様の真実への、扉を開きます。


馬車の中で、アルフレート様の手が、私の手を、しっかりと握っていた。


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