8、初めての贈り物
今日は、晴れ。
雲ひとつない青空が広がっていて、風がやさしくカーテンを揺らしている。
(ブラン……今日も、来てくれるかな)
晴れた日でも、必ず来るわけじゃない。
来ない日もある。
でもブランのことを知ったルークが、
「猫なら人間の食べ物より専用のほうがいいだろう」と、ペットフードを用意してくれたのだ。
(ブラン、喜んでくれるかな?)
そのとき、窓辺から小さな音が聞こえた。
「ブラン……?」
胸が高鳴る。
窓の外を覗くと、いつもの白い影がそこにいた。
「今、開けるね!」
ルークの張った結界は、私とルーク以外は入れない。
だから今までは、窓辺でしかやり取りできなかった。
でも――この前ルークが、ブランだけは通れるように調整してくれたのだ。
「ねぇブラン! 今日からお家で遊べるんだよ!」
「にゃー?」
「ふふ、今日もかわいいね」
部屋に招き入れて、そっと撫でる。
白い毛並みは、ふわふわで、あたたかい。
前足でちょん、と私の足に触れてから、ブランは視線をソファへ向けた。
「……もしかして、座ってほしいの?」
「にゃー」
ソファに腰を下ろすと、ブランはすぐに膝の上に乗ってきて、くるりと丸まる。
やわらかな重み。
規則正しい鼓動。
静かで、やさしい時間が流れていく。
「あ、そうだ」
ふと思い出して、私は立ち上がった。
「ルークがね、ブランにいいものを用意してくれたんだよ!」
キッチンへ向かい、小皿にペットフードを分けて戻る。
「ほら、ブラン。ご飯だよ!」
けれどブランは、ぴたりと動きを止めた。
いつもならすぐに駆け寄ってくるのに――今日は、違う。
顔をプイッと横に向けて、拒むように尾を揺らした。
「……いらないの?」
問いかけると、ブランはほんのわずかに首を縦に振る。
「そっかぁ……いらないの」
でも――待って。
今の反応、まるで言葉を理解しているみたい……?
(いや、でも、まさかね......?)
小さく首を振ってから、私はブランを見つめる。
「ブラン……あなたって、人間みたい」
そう言った瞬間、ブランの身体が小さく震えた。
私は思わず息をのむ。
なぜか――言ってはいけないことを言った気がした。
「ブラン……? どうしたの?」
首をかしげると、ブランはふいっと視線を逸らした。
そのまま、ゆっくりと窓の方へ歩いていく。
白い背中が、少しずつ遠ざかる。
「ねぇ、ブラン?」
呼びかけると、尾がぴくりと揺れた。
振り返ったその瞳に、一瞬だけ――寂しさが映った気がした。
胸の奥が、きゅっと痛む。
何か言いたそうで、でも言えないような目。
「……ブラン。今日は、どうしたの?」
小さくつぶやいた、その瞬間。
ブランは身を翻し、窓辺から外へと跳び去っていった。
開け放たれた窓から風が吹き込む。
私はその場に立ち尽くしたまま、そっと唇を結ぶ。
――ルーク以外に、寂しさを感じたのは、初めてだった。
***
夕食の時間。
ルークに今日の出来事を話すと、彼は真剣な表情でスプーンを置いた。
「言葉を理解しているような様子、か……」
顎に手を当て、考え込む。
やがて、小さく息を吐いた。
「王都で白い猫は見かけない。……なぁ、リシェル」
その声は、いつもより少しだけ低い。
「ブランに会うのは……危険かもしれない」
「え!? お友達と会えないのは嫌だよ!」
私が口を尖らせると、ルークは苦笑し――何かを思いついたように立ち上がった。
「……そうだな。じゃあ、これを」
戸棚から小さな箱を取り出す。
ルークの指先が淡く光り、魔法の紋が描かれていく。
その光が、ゆっくりと私の方へ伸びた。
「リシェル、手を出してくれるか?」
「うん?」
差し出した手を、ルークがそっと包む。
その温もりに胸がくすぐったくなる。
彼が指にはめたのは、小さな銀の指輪だった。
「ルーク、これは……?」
「ああ。お守りだ」
指輪をなぞるように、彼の指が軽く触れる。
「危険が迫れば、俺がすぐわかるし――」
一瞬だけ、言葉が途切れて。
「何があっても、リシェルは守られる」
その声は優しいのに。
どこか、強くて。
逃げ道がないように感じた。
「……すごいね。ありがとう!」
ルークからの初めての贈り物。
魔法の光よりも、彼の手の温もりのほうが心に残った。
――胸の奥が、やわらかく温かい。




