2、”さみしい”とは?
心がぽかぽかして、あったくて。
知らなかった気持ちに、全身がふわりと包まれていく。
(これが……“うれしい”ってことなんだ……!)
こんな気持ち、誰も教えてくれなかった。
知らなかったことを知る。それだけで世界って広がるんだ。
――もっと、知りたい。
そう思ったときだった。
「......ひとまず、ここは危険です。俺と一緒に行きますか?」
ここが危ない場所かどうかなんて、私は知らない。
でも――耳を澄ませば、遠くから悲鳴や銃声のような音が聞こえる気もする。
(……でも)
そんなことよりも。
この人のそばにいれば、もっと世界が広がっていく気がした。
だから私は、迷わず答える。
「うん、一緒に行く!」
その瞬間、身体がふわりと宙に浮いた。
気づけば、お兄ちゃんの腕の中に抱き上げられている。
(このまま、どこかに連れていってくれるのかな……?)
お兄ちゃんは、青白く淡い光を放つ大きな円を描き、その中に見たことのない文字を刻み始めた。
(これ……本で見た、魔法陣……?)
そう思った瞬間、視界が揺らいだ。
身体が何かに引っ張られるような感覚に襲われる。
飛んでいってしまわないように、必死でお兄ちゃんの身体にしがみついた。
そして。
――辿り着いたのは、小さな家だった。
「……すごい」
思わず声がこぼれる。
「お兄ちゃん、これがワープ?」
「そうですよ」
「すごーい……!」
また胸が、ぽかぽかとあたたかくなる。
「あ、これ……“うれしい”だ」
言葉にした瞬間、さらにその感情が広がっていく。
(この人といれば、もっといろんなことがわかる)
まだ知らない気持ちが、たくさんある。
それを全部、知りたい。
――この人と一緒に。
***
そうして、私とお兄ちゃんは、この小さな家で暮らし始めた。
名前はルークっていうんだって。
一緒に暮らすなら、名前くらい知らないと。
敬語もやめてもらった。
私だけくだけた口調なのが、なんだか落ち着かなかったから。
そして今日は、ルークが“たのしい”を教えてくれる日。
「ねぇ、ルーク! 今日は魔法を見せてくれるっていったよね!」
「ああ、そうだな」
ルークが手に力を込めると、キラキラ光る蝶が現れた。
魔法でできた蝶たちは、部屋の中をふわふわと舞い飛ぶ。
その瞬間、心が踊るように高鳴った。
自然と、笑顔がこぼれる。
「わあ……きれい」
思わず手を伸ばす。
蝶は指先に触れて、ふわりとほどけて消えた。
「ありがとう、ルーク!」
「楽しんでもらえたか?」
「うん! これが“たのしい”なんだね!」
ルークは、いろんなことを教えてくれる。
知らなかったことを、たくさん。
だから。
(もっと一緒にいたいな)
そんな気持ちが、胸の奥に残った。
***
ある日の朝。
目を覚ますと、部屋がやけに静かだった。
いつも隣で寝ているはずのルークもいない。
(……あれ?)
先に起きただけだと思った。
でも――
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
うまく、息ができない。
部屋の中を見回す。
呼んでも、返事はない。
(なんで……なんで……?)
お仕事に行くときは、いつも教えてくれた。
何も言わないでいなくなることなんて、一度もなかったのに。
(もしかして……もう帰ってこない?)
私、これからひとり……?
考えただけで、目が熱くなった。
涙が止まらない。
「……っ、ぐす……」
息が苦しい。呼吸ってどうやるんだっけ……?
「ルーク……ルーク……っ」
声が震える。
「帰ってきて……!!」
どれくらい、そうしていたのかわからない。
――ガチャッ。
ドアの開く音がした。
(……ルーク?)
私は音のする方へ走った。
ゆっくり開いたドアの向こうに、ルークが立っている。
勢いよく、彼に抱きついた。
「ルーク……!」
私は勢いよく抱きつく。
「どこ行ってたの……!」
涙でうまく見えない。
でも、ここにいる。
それだけで、少しだけ息ができるようになる。
「わたし……ルークがいないって気づいて……涙が止まらなかったの……」
ルークは、強く私を抱きしめた。
「……ごめん」
低い声で、そう言う。
「でもそれが、“さみしい”という感情だ」
「……これが?」
こんなに苦しくて、壊れそうな気持ちが?
「……ああ」
(こんなの……いやだ)
こんな気持ち、いらない。
「いや……っ」
声が震える。
「さみしいの、いや……」
ぎゅっと彼の服を掴む。
「ずっと一緒にいて……!」
必死に願うと、ルークの身体がわずかに揺れた。
そして――
「……わかった」
低く、静かな声。
「もう二度と、ひとりにしない」
その言葉に、胸の奥の苦しさが少しだけやわらぐ。
(よかった……)
ルークがいないと、息ができなくなる。
本当に、このままいなくなったら――
(死んじゃうかと思った)
彼の胸に顔を埋める。
(ルークがいないと、だめなんだ)
そう思いながら、強く抱きついた。
――ずっと、一緒にいよう。
離れたら、きっと私は壊れてしまうから。
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