14、加速する依存(sideルーク)
それからのリシェルは、俺が少しでも離れることを嫌がるようになった。
夜。喉の渇きで目を覚まし、ベッドから身を起こした瞬間――
きゅっと寝巻きを掴まれる。
「……ルーク?」
不安げに揺れる瞳。
(……かわいい)
求められている。
それが、どうしようもなく伝わってくる。
「......リシェル、水を飲みに行くだけだ」
「......私も、一緒に行く」
ああ、本当に――。
素直で、無垢で。
こんな存在は、今まで一度も出会ったことがなかった。
「……わかった。おいで」
俺はそっと手を差し出した。
けれどリシェルは、それを取らずに小さく呟いた。
「......抱っこして」
――息が、止まる。
胸の奥が、じわりと熱を持つ。
こんなことで、こんなにも満たされてしまうなんて。
――喜んではいけないのに。
日に日に募るリシェルの依存は、俺にとって毒のように甘い。
それも当然だろう。
彼女は今まで他人と関わることもなく、ただ食べ、眠り、本をめくるだけの毎日を送っていた。
比較するものがなければ、それを異常だとも思わない。
“当たり前”として受け入れてしまう。
だから、感情が育たなくて当然だ。
そんな中で現れたのが俺という存在。
感情を知ってしまった以上、彼女が縋るのは――俺しかいない。
「......わかった」
リシェルをそっと抱き上げる。
彼女は小さな手で俺の服をぎゅっと掴む。
(……ああ)
本当に、かわいい。
本当なら。
リシェルの不幸を、終わらせてやるべきなのに。
リシェルの世界は、あの閉ざされた世界に俺”という存在が増えただけ。
状況は何ひとつ変わってはいないのだ。
その事実から、俺は目を逸らした。
そして――その不幸の上に立ちながら、必要とされる喜びに酔っていた。
***
リシェルとの生活に慣れ始めた頃、彼女に小さな変化が生まれた。
「ねえねえ! 外ってどんな感じ?」
「本で読んだんだけど、海とか、いろんな生き物がいるんでしょ?」」
瞳を輝かせて問いかけてくる。
――外に、興味を持ち始めたのだ。
けれどリシェルの存在が人々に知られれば、たちまち命が脅かされるだろう。
それほどまでに王族への憎悪は深い。
俺の魔法を使えば、姿を偽って外へ連れ出すこともできる。
……だが。
怖いのは、そこじゃない。
外の世界を知れば。
俺以外のものに触れれば。
リシェルは――
俺を、必要としなくなるかもしれない。
(……それが、怖い)
だが、このまま閉じ込めておくのもまた――残酷だ。
リシェルの幸せを願うなら。
俺の欲を優先するべきではない。
喉の奥が、締めつけられる。
「リシェル……外に出てみたいか?」
思い切って尋ねると、彼女はしばらく黙って俺を見つめてきた。
息が詰まる。
やめてくれ。
早く答えてくれ。
俺の決意が――揺らぐ前に。
けれど返ってきたのは、意外すぎる言葉だった。
「ううん、行かない」
「え……?」
「だって、ルーク……行ってほしくないって顔してる」
「……!」
見抜かれていたいたのだ。
目を見開く俺に、リシェルは小さく笑った。
「わたしにとってはね、外よりも……ルークが全部なの。だから、興味なんてないよ」
――嘘だ。
本当は世界を知りたがっていることくらい、俺にはわかっている。
それでも俺を優先したのだ。
(この言葉に、喜んではいけないのに......)
その事実に、安堵している自分がいる。
リシェルの世界を狭めているのは俺だ。
間違っていると、頭では理解している。
……それでも。
俺はその言葉に甘えてしまう。
「……リシェル」
そっと彼女を抱きしめると、リシェルは安心したように身を委ねてきた。
「えへへ……あったかいね」
もう、手放せない。
俺は気づいてしまったのだ。
――この胸を締めつける感情の正体に。
それは愛なのか、それとも鎖なのか。
答えを出すのが、怖かった。
***
ある日、仕事から戻ると、いつものようにリシェルが飛びついてきた。
「ルーク! おかえりなさい!」
「ただいま、リシェル」
けれど、そこで彼女の動きが止まった。
ぎゅっと抱きついたまま、沈黙が落ちる。
――おかしい。
普段なら「今日はどんなことがあったの?」と、にこにこ問いかけてくるのに。
「……リシェル? どうした?」
小さな声が返ってきた。
「……きらいにならない?」
思わず内心で苦笑する。
嫌いになんてなるわけがない。
俺がどれだけ彼女のことばかり考えているか、知りもしないくせに。
「なるものか。俺は、リシェルが大好きだよ」
自然に口からこぼれた言葉に、リシェルの抱きしめる力が少し強まる。
「……わたしも、だいすき」
胸の奥が跳ねる。
わかっている。彼女のいう「好き」と、俺の抱える「好き」が違うことくらい。
けれど――その違いさえも愛しい。
「でも、今日のルーク……いつもと違う匂いがする」
不安げに顔を上げ、真っ直ぐ俺を見つめる。
「……だれ?」
その瞳に胸を締めつけられる。
今、不安を抱いているというのに――その姿を可愛いと、嬉しいと感じてしまう俺は、本当に最低だ。
「仕事でな、馴れ馴れしいやつがいて……抱きつかれただけだ。すぐに引き剥がした」
「……ほんとうに?」
縋るような視線。唇が小さく震える。
「もちろんだ。リシェルがいちばん……いや、リシェルしかいない」
まっすぐに告げると、涙が止まったようだった。
「……よかった。ルーク、ずっといっしょ」
「ああ、もちろんだ」
そっと抱き寄せる。
そして、俺の服を掴むリシェルの手が強くなる。
離さない、と言うように。
ああ、なんて幸福な時間だろうか。
――このまま、一緒に壊れてしまいたい。
やばい男ですみません。
次回よりリシェル視点に戻ります。




