12、殺すつもりだった(sideルーク)
リシェルのこと、本当は殺すつもりだった。
――”王族は全員殺せ”、そう命令された。
この国の王族は悪魔だ。
躊躇など必要ない――そう思っていた。
だが、夜を溶かしたような濃紺の髪の青年は、足を止めた。
目の前にいたのは、ひとりの少女。
桃色の髪。小さな身体。
重たそうな布を肩にかけ、こちらを見上げている。
その瞳には――何もなかった。
恐怖も、怒りも、喜びも、悲しみも。
ただ、空っぽのまま。
(……これが、王女?)
部屋はあまりにも簡素だった。
机とベッド、本棚。それだけ。
豪華さなど、どこにもない。
(こんな場所で……?)
想像していた“王族”とは、あまりにも違う。
無垢――そんな言葉ですら足りない。
この少女は、自分が不幸であることすら知らないのだ。
胸の奥が、強く締めつけられる。
――殺せない。
その結論が、あまりにも自然に浮かんでいた。
***
王国では人々の不満が積もりに積もっていた。
度重なる増税、浪費を繰り返す王族たち。流行病や災害が起きても、民から金を吸い上げるばかりで何もしない。
当然のように、不満はやがて怒りへと変わる。人々が団結するまで、そう時間はかからなかった。
俺は十五歳。最年少ながらも魔法の才を買われ、クーデターに参戦することになった。
「王国随一の天才魔導師ルーク」――そう呼ばれている。大げさではない、と自負している。
そして迎えた決起の日。
俺は、迷いなく王と王妃に手をかけた。
「こ、この……悪魔め……!」
王の最後の叫びが虚しく響く。
(悪魔だと? どっちがだ)
これまで民を苦しめてきたのは、お前たち王族だ。
魔力を宿した剣を振り下ろすと、王はあっけなく沈んだ。
――ザシュッ。
権力も血筋も、力の前では塵に等しい。
(さて……これで全員か?)
いや、まだだ。
もうひとり、幼い王女がいるはずだった。贅沢三昧に育ったと聞く。ならば同情の余地はない。
そう思って城を探し回り、たどり着いたのは本館から離れた小さな建物。
白亜の城とは似ても似つかない、時の流れから切り離されたような、簡素すぎる離れ。
(……こんな場所に、本当に王族が?)
半信半疑のまま中へ足を踏み入れる。
そこにいたのは、一人の少女だった。
透き通るような桃色の髪。机に座り、本を開いている。
部屋にあるのは机とベッド、それから本棚だけ。護衛も侍女もいない。必要最低限の、殺風景な空間。
(……これが王女? いや、使用人の子か?)
外からは、城のあちこちで戦いの声や爆発音が響いているはずだった。
だが、少女はページをめくる指先だけがわずかに動く。
肩も呼吸も変わらず、窓の外の騒動など耳に届かないかのようだった。
(この状況が、わかっていないのか......?)
そして少女が顔を上げた瞬間、俺は確信する。
碧眼だった――それは王家の証を意味する。
「あなたは……王女様ですね?」
「……? んー、そうみたい。多分」
「……は?」
言葉を失った。
“そうみたい”だと?
王女が、自分の身分をそんな曖昧に答えるものか。
「ここで生活しているのですか?」
「うん」
「……ひとりで?」
「うん。でも、食事と着替えは手伝ってもらえるよ」
まるで当たり前のことのように、淡々と告げる。
胸が締め付けられ、思わず踏み込んだことを聞いてしまった。
「……こんな生活は、辛くはないのですか?」
「……? つらいってなに?」
「たとえば……寂しいとか、退屈だとか」
「さみしい? たいくつ?」
首を傾げる仕草は幼いが、その無垢さが胸を抉る。
感情の言葉すら、この子は知らないのか。
俺の心がひどく揺さぶられる。
「……誰かにそばにいてほしいとか。楽しいことがなくて苦しいとか……」
「うーん……わかんない! お兄ちゃん、むずかしいこと言うね」
そして、ぱっと顔を輝かせた。
「それよりもね、だれかとこんなに話したのはじめて! なんか胸が変なの! あったかい? ぽかぽか? ……これ、なに?」
「それは……」
喉が詰まる。
だが、どうにか言葉を紡いだ。
「……“嬉しい”という気持ちだと思います」
「へぇ! これが“うれしい”か!」
心から楽しそうに、少女は笑った。
「本で読んでもわかんなかったんだ。ありがとう、お兄ちゃん!」
無垢な笑み。
光の差さないこの場所で、初めて見せるような微笑み。
――今思えば、その笑顔を見た瞬間から囚われていた。
俺の中で、すべてが崩れた。
(……殺せるわけがない)
全部、どうでもよくなった。
怒りも、使命も、正義も。
ゆっくりと、剣を下ろす。
(この子は……)
守らなければならない。
世界が、音を立てて塗り替わっていく。
それが、すべての始まりだった。




