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感情を知らない王女は、ヤンデレ魔導師に囲われる ――共依存の果てのしあわせ  作者: ゆにみ


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12/20

12、殺すつもりだった(sideルーク)

 リシェルのこと、本当は殺すつもりだった。


 ――”王族は全員殺せ”、そう命令された。


 この国の王族は悪魔だ。

 躊躇など必要ない――そう思っていた。


 だが、夜を溶かしたような濃紺の髪の青年は、足を止めた。


 目の前にいたのは、ひとりの少女。


 桃色の髪。小さな身体。

 重たそうな布を肩にかけ、こちらを見上げている。


 その瞳には――何もなかった。


 恐怖も、怒りも、喜びも、悲しみも。


 ただ、空っぽのまま。


 (……これが、王女?)


 部屋はあまりにも簡素だった。

 机とベッド、本棚。それだけ。


 豪華さなど、どこにもない。


 (こんな場所で……?)


 想像していた“王族”とは、あまりにも違う。


 無垢――そんな言葉ですら足りない。

 この少女は、自分が不幸であることすら知らないのだ。


 胸の奥が、強く締めつけられる。


 ――殺せない。


 その結論が、あまりにも自然に浮かんでいた。


 


 ***





 王国では人々の不満が積もりに積もっていた。

 度重なる増税、浪費を繰り返す王族たち。流行病や災害が起きても、民から金を吸い上げるばかりで何もしない。


 当然のように、不満はやがて怒りへと変わる。人々が団結するまで、そう時間はかからなかった。


 俺は十五歳。最年少ながらも魔法の才を買われ、クーデターに参戦することになった。

 「王国随一の天才魔導師ルーク」――そう呼ばれている。大げさではない、と自負している。


 そして迎えた決起の日。

 俺は、迷いなく王と王妃に手をかけた。


 「こ、この……悪魔め……!」


 王の最後の叫びが虚しく響く。


 (悪魔だと? どっちがだ)


 これまで民を苦しめてきたのは、お前たち王族だ。

 魔力を宿した剣を振り下ろすと、王はあっけなく沈んだ。


 ――ザシュッ。


 権力も血筋も、力の前では塵に等しい。


 (さて……これで全員か?)


 いや、まだだ。

 もうひとり、幼い王女がいるはずだった。贅沢三昧に育ったと聞く。ならば同情の余地はない。


 そう思って城を探し回り、たどり着いたのは本館から離れた小さな建物。

 白亜の城とは似ても似つかない、時の流れから切り離されたような、簡素すぎる離れ。


 (……こんな場所に、本当に王族が?)


 半信半疑のまま中へ足を踏み入れる。


 そこにいたのは、一人の少女だった。

 透き通るような桃色の髪。机に座り、本を開いている。


 部屋にあるのは机とベッド、それから本棚だけ。護衛も侍女もいない。必要最低限の、殺風景な空間。


 (……これが王女? いや、使用人の子か?)


 外からは、城のあちこちで戦いの声や爆発音が響いているはずだった。

 だが、少女はページをめくる指先だけがわずかに動く。

 肩も呼吸も変わらず、窓の外の騒動など耳に届かないかのようだった。


 (この状況が、わかっていないのか......?)


 そして少女が顔を上げた瞬間、俺は確信する。

 碧眼だった――それは王家の証を意味する。


 「あなたは……王女様ですね?」


 「……? んー、そうみたい。多分」


 「……は?」


 言葉を失った。


 “そうみたい”だと?

 王女が、自分の身分をそんな曖昧に答えるものか。


 「ここで生活しているのですか?」


 「うん」


 「……ひとりで?」


 「うん。でも、食事と着替えは手伝ってもらえるよ」


 まるで当たり前のことのように、淡々と告げる。

 胸が締め付けられ、思わず踏み込んだことを聞いてしまった。


 「……こんな生活は、辛くはないのですか?」


 「……? つらいってなに?」


 「たとえば……寂しいとか、退屈だとか」


 「さみしい? たいくつ?」


 首を傾げる仕草は幼いが、その無垢さが胸を抉る。

 感情の言葉すら、この子は知らないのか。

 俺の心がひどく揺さぶられる。


 「……誰かにそばにいてほしいとか。楽しいことがなくて苦しいとか……」


 「うーん……わかんない! お兄ちゃん、むずかしいこと言うね」


 そして、ぱっと顔を輝かせた。


 「それよりもね、だれかとこんなに話したのはじめて! なんか胸が変なの! あったかい? ぽかぽか? ……これ、なに?」


 「それは……」


 喉が詰まる。

 だが、どうにか言葉を紡いだ。


 「……“嬉しい”という気持ちだと思います」


 「へぇ! これが“うれしい”か!」


 心から楽しそうに、少女は笑った。


 「本で読んでもわかんなかったんだ。ありがとう、お兄ちゃん!」


 無垢な笑み。

 光の差さないこの場所で、初めて見せるような微笑み。


 ――今思えば、その笑顔を見た瞬間から囚われていた。


 俺の中で、すべてが崩れた。


 (……殺せるわけがない)


 全部、どうでもよくなった。

 怒りも、使命も、正義も。

 

 ゆっくりと、剣を下ろす。


 (この子は……)


 守らなければならない。


 世界が、音を立てて塗り替わっていく。

 それが、すべての始まりだった。

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