11、世界なんて広がっていない(sideルーク)
あの日、窓辺に落ちていた白い毛に触れた瞬間――
身体の奥を、電流のような衝撃が駆け抜けた。
間違えるはずがない。
あれは、魔力だ。
それも――俺が、知り尽くしているもの。
(......アイツ)
喉の奥が焼けつく。
(なんのために......リシェルに近づいた?)
抑えきれない怒りが胸を満たし、手のひらが震える。自分でも驚くほどの感情の奔流に、理性がぎりぎりで踏みとどまっていた。
――その時、ふと理解してしまう。
俺は……思っていた以上に、リシェルに執着しているのだと。
「――はっ」
乾いた笑いが、喉からこぼれた。
リシェルは、いつも俺に感謝していた。
「ルークのおかげで、いろんなことを知れたんだよ!」
「私の世界がね、広がったの」
無垢な笑顔で、そんなことを言う。
だが、俺には自覚があった。
リシェルの状況は何も変わっていないと言うことに。
世界なんて広がっていない。
「……っ」
喉の奥が、ひどく乾く。
ああ、俺は……本当に、どうしようもない人間だ。
――それでも。
手放すつもりは、微塵もなかった。
***
翌日、俺は魔法塔に向かった。
積み上がった依頼書にも目をくれず、まっすぐに廊下を進む。
向かう先は、ただ一つ。
静まり返った扉の前で、足を止める。
一度だけ、息を吐いて――開けた。
「――おい」
自分でも驚くくらい、低い声が出た。声だけで怒りを伝わりそうなほどの。
白髪に金眼の男がゆっくりと振り返る。
「あれ、ルーク、こんな早くにどうしたんだ?」
その気の抜けた声音に、奥歯を噛みしめた。
「......わかっているだろ、シリル」
一歩、距離を詰める。
あの魔力。
あれが、こいつ以外であるはずがない。
俺の同期であり、同じ魔導師として期待される男、シリル。その笑顔の奥に隠された軽さが、余計に苛立たせる。
「はは……ああ、それ? ルークのお姫様のこと?」
その一言で――理性が、軋んだ。
「――お前」
気づけば、胸ぐらを掴んでいた。
心臓が張り裂けそうで、頭の中の血が沸騰するようだ。
「ははっ、すごいな、ルーク」
「なんのために、リシェルに近づいた」
自分の声が、ひどく低く響く。
「理由によっては……殺す」
シリルは、目を細めて笑った。
「怖いな。相変わらず」
「答えろ」
掴む力が、無意識に強くなる。
「別にさ。手を出すつもりはないよ」
あっさりとした言葉。
それでも、怒りは収まらない。
「なら、理由はなんだ」
「お前が心配だった」
「……は?」
予想外の言葉に、わずかに力が緩み、手を離していた。
「誰も気づいてないけどさ。最近のお前、変だぞ。任務中も落ち着きないし、終わったらすぐ帰るし」
「......だから、俺の家に勝手に行ったと?」
「黙って行ったのは悪かった。ただ、すぐに理由はわかったよ」
シリルの目が、ほんの少しだけ真面目になる。
「ああ、この子のためだったんだなって」
その言葉に、息が詰まる。
「……なら、もう関わるな」
「なんで?」
軽い調子に戻る声。
「だって、あの子――」
一拍、間を置いて。
「すごく、可愛いじゃん?」
――その瞬間。
視界が、赤く染まりかけた。
手が再び動く。だが、掴めない。
シリルはひらりと身をかわしていた。
「冗談、冗談。……でも半分は本音だよ」
壁にもたれながら、楽しそうに笑う。
「あの子さ、ずっと一人なんだろ? 俺が行くと、すごく嬉しそうにする」
その言葉が、胸の奥に突き刺さる。
ずっと目を背けてきた事実が俺を責め立てているようだった。
「……やめろ」
低く、絞り出す。
「なんで? 可哀想じゃないか」
やめろ。
それ以上、言うな。
わかってはいるんだ。
リシェルを家に閉じ込めている自覚が、俺にはあったから。
「なぁ、ルーク」
シリルの声が、少しだけ落ちる。
「これでいいのか?」
――心臓が、強く脈打つ。
「……お前には関係ない」
吐き捨てるように言って、背を向けた。
俺はこれ以上、この男と一緒にいたくなかった。
自分の中の汚い感情が暴かれるような、そんな気がしたから。
これ以上ここにいれば、何かを壊してしまいそうだった。
廊下に出た瞬間、肺に冷たい空気が流れ込む。
それでも、胸の奥の熱は消えない。
(……関係ない)
そうだ。
これは、俺とリシェルの問題だ。
他の誰にも、触れさせない。
――触れさせるわけには、いかないんだ。
次回もルーク視点




