10、いつものルークじゃない
今日は、外も晴れていて。
空気が柔らかくて、太陽の光が窓辺を優しく照らしている。
風が花を揺らし、遠くで鳥が鳴いている。
そんな当たり前の音たちが、私にとっては絵本の世界みたいで――少し、胸がきゅうっとする。
(……今日は、ブランに会いたいな)
この前、ルークのことで胸がざわついてから、誰かに話を聞いてほしくて仕方がなかった。
あの日は急に帰ってしまったから、今日は来てくれるだろうか。
そう思った、その時だった。
窓の外に、ふっと影が落ちる。
ひょこりと覗いた白い毛並みと、金色の瞳。
やっぱり――ブランだ。
けれど今日は、どこか様子が違った。
じっと、私の顔色をうかがうような視線。
「もう、ブランったら......私は怒ってないよ?」
笑いながら窓を開けると、ブランは安心したように喉を鳴らし、するりと部屋に入ってきた。
その仕草があまりにも自然で――まるで、人みたいだと思ってしまう。
(……猫って、こんなに表情豊かなのかな)
他の猫を知らない私は、比べることもできない。
もしかしたら、これが普通なのかもしれないけれど。
「ねぇブラン。今日は私の話、聞いてくれる?」
問いかけると、ブランは小さく首を傾げて、その場に座り込んだ。
それだけの仕草なのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「この前ね、ルークから……嗅いだことのない匂いがしたの」
言葉にするだけで、胸が少しだけ痛む。
「誰かを抱きしめたんじゃないかって思ったら――怖くなるくらい、変なことを考えちゃって」
自分でも、よくわからない感情。
「これを……“しっと”って言うのかな?」
ブランは、ただ目を丸くして私を見つめていた。
「あはは……ブランには、わからないよね」
それでも、言葉にしてみただけで少し楽になる。
重たく沈んでいた心が、少しずつほどけていく。
「ねぇ、ブラン。私は外の世界を知らないの。ルークが何を見て、何を感じているのかも」
言葉が、ふっと途切れる。
「同じものを見ていたいって思うのに……それを望むと、ルークが悲しむ気がして」
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
「だからね。私は、ルークが嫌がることはしたくないの。だって――私にとって、ルークがいちばんだから」
それが正しいのかどうかも、わからないまま。
「……でも、これで“いい”のか、わからないの」
そのとき、ブランが足元に擦り寄ってきた。
柔らかい毛並みが肌に触れて、心の底が少しだけ温かくなる。
「ふふ……ありがとう、ブラン」
そっと撫でながら、私は小さく笑う。
「じゃあ私は、今のままでいいや」
「にゃ......?」
「ブラン、あなたって優しいのね」
***
「リシェル、今日はブランが来たんだな」
帰ってきたルークが、静かにそう言った。
「え、なんでわかったの?」
「心配だから、結界を強化しておいたんだ。誰かが入ればすぐにわかる」
穏やかな声音。
けれど、その言葉の意味を私は深く考えなかった。
「入れるのはブランだけだからな」
「すごいね、ルーク」
ルークは微笑みながら窓辺に歩み寄り、床に落ちていた白い毛を拾い上げる。
「それに……ほら、証拠もある」
その瞬間だった。
ルークの動きが、ぴたりと止まる。
「……は?」
低く、押し殺した声。
「これは――いや、まさか」
その声には、はっきりとした動揺が混じっていた。
「ルーク? 」
思わず呼びかけると、彼はすぐにいつもの笑顔を作る。
「……いや、なんでもないよ。今日は何もなくてよかった」
笑っているはずなのに、どこか引きつって見えた。
(......なんだろう、いつものルークと違う)
確かに違和感は感じた。
けれど、私は深く追及しなかった。
ルークが笑っているなら、それでいいと思ったから。
「さぁ、夕飯にしようか」
「うん」
言葉にならない違和感を胸に抱えつつ、私はただ返事をした。
次回よりしばらくルーク視点です




