第8話「この蜂蜜、何の花?」
初めての本格的な採蜜は、蜂たちと暮らし始めて一月が過ぎた頃。
巣枠がずしりと重い。両面きれいに蓋がけされていて、蜂蜜がたっぷり詰まっている。蜂ブラシで蜂を払い、遠心分離器にセットしてハンドルを回す。
筒の底に蜂蜜が溜まっていく。甘い香りがどんどん濃くなる。花の蜜が凝縮された匂い。呼吸するたびに甘さが肺に入り込む。
最初の一瓶を光にかざす。陽に透けて黄金色に輝く。
「……きれい」
三日かけて瓶十二本。マーヤに六本、ハインツに二本、村長とグスタフに一本ずつ、私用が二本。
――パンに塗る量を考えると一週間で消える。
ハインツの養蜂場に蜂蜜を届けた翌日。内検後に小屋で道具を洗っていたら、ニクラスが入ってきた。片手に私の蜂蜜の瓶。
蓋を開けて指先に少し取り、舐めた。目を閉じる。
十秒。目を開けてこちらを見る。
「クローバーが七割。アカシアが二割。残りは野の花」
蜂蜜の味から花の種類を割合まで言い当てるなんて。
「当たってます。巣箱の周辺はクローバーが多くて——」
「もう一つ。菩提樹が微かに入ってる。南の斜面の」
教えてくれた蜜源。蜂の飛行ルートを見れば確かに南へ向かう蜂がいたけれど、量はわずかなはず。
「それ、味でわかるんですか」
「わかる」
ハインツが横から口を出した。
「うちの品質管理は全部こいつの舌に頼ってる」
ニクラスは黙って瓶に蓋をして棚に置く。
「ニクラスさん。今度、私の養蜂場の蜂蜜を全種類味見してもらえませんか。巣箱ごとの違いを知りたくて」
目がわずかに見開かれた。
「……いい」
「ニクラス、嬉しいのか」とハインツ。
「……別に」
耳が赤い。帽子で隠れているけど横から見える。
帰り際、ハインツが言った。
「あんたの蜂蜜、悪くなかった。水分量がもう少し低ければもっといい」
「はい」
「あと、あいつが他人の蜂蜜を味見するのは初めてだ。うちの以外、興味を示したことがない」
振り返ったらニクラスが小屋の窓から外を見ていた。目が合って、すっと引っ込む。
――窓から見てたのに隠れるの、面白い。味見の日が楽しみ。




