第7話「甘い匂いの評判」
マーヤの蜂蜜パンが村に出回り始めたのは二週間後。正確には「マーヤが片っ端から配った」。
フリッツ村長に「うまかった、もっとないか」と言われ、グスタフにも「もう一個くれ」と頼まれた。私に言われても。
マーヤの店に行くと朝の仕込み中。窯の熱気と焼けた小麦の香ばしい匂い。
「注文来すぎ! 蜂蜜足りない!」
渡せたのは小瓶一つだけ。パンに練り込んだら数個分にしかならない。瓶で売ってほしいという声もあるらしい。
「遠心分離器があれば効率的なんですが、高くて」
マーヤが腕を組んで「うちの倉庫に変な樽みたいなのある」と言い出した。
裏手の倉庫を二人で掘り返すと、奥から木製の筒が出てきた。中に回転軸と巣枠の固定枠。遠心分離器だ。手回し式の古いやつ。
「マーヤ、これです!」
「ずっと邪魔者扱いだったのに!」
回転軸の錆は油で直る。外筒のひび割れは蜜蝋で塞げる。
「蜂蜜で返してね」と言われて取引成立。
二人で担いで丘まで運び、設置して試運転。ぎこぎこ回り始め、だんだん滑らかに。
「動いた!」
二人で拍手。蜂が集まってきてマーヤが「きゃっ」と言ったけどすぐ笑う。
夕方、ハインツの養蜂場で内検。例の十二番、ギ酸処理から二週間。蓋を開けると翅の縮れた蜂はいなかった。
「処理は効いたな」
ハインツの口元がわずかに緩む。
遠心分離器の話をしたら、前の持ち主のことを教えてくれた。
「あれはミヒャエルが使ってた。あんたの養蜂場を作った男だ。十年前に村を出て養蜂場を放置した」
前の持ち主の道具が巡って私の手に。
「ミヒャエルは腕は良かったが根気がなかった。あんたはどうかな」
「根気なら、あります」
「ふん。見ていればわかる」
帰り道。丘を越えるところでニクラスが後ろからついてきた。荷物はない。
「ニクラスさん?」
足を止めたニクラスが、声を出した。
「……村の南の斜面に、今、菩提樹が咲いてる」
菩提樹。蜜源としては最上級の一つ。
「教えてくださったんですか?」
小さく頷いて踵を返す。今日の発言、合計二文。過去最高記録。
――やりたいことが増えてきた。




