第6話「パンに塗りすぎ」
マーヤに会ったのは村の井戸端。
「あーっ、あんたが丘の蜂の人!」
声が大きい。朝の村に響いて鶏が鳴く。
「マーヤです、パン屋の! 籠届いた?」
やっぱりパン屋の人。お礼を言うと「でしょー!」と胸を張る。赤毛のお団子頭で、エプロンに粉がついたまま。三分で私の情報をかなり引き出されてしまった。
「元伯爵令嬢? うそー」
「本当です」
「全然見えない。爪の間に蜜蝋ついてるし」
慌てて手を引っ込める。
「いいのいいの。で、蜂蜜いつ採れるの?」
「もう少し先です」
「待ってる! 蜂蜜パン作りたいの!」
その日のうちにマーヤは養蜂場まで登ってきた。パンを両手に抱えて。
「丘きっつ……」
「蜂は高い場所が好きなんです」
「蜂の都合かー」
焼きたてパンを広げて「で、蜂蜜は?」と目を輝かせるマーヤに根負けした。
「……少しだけなら」
巣枠の巣蓋をナイフで薄く削ると、蜜蝋の下から黄金色の蜂蜜がとろりと顔を出す。甘い匂いが広がった。花の香りが凝縮されたような、深くて丸みのある甘さ。
マーヤがパンにつけて食べた。三秒の沈黙。
「……おいしい」
いつもの大声じゃなくてしみじみとした小声。
私も塗って食べる。ライ麦の素朴さと蜂蜜の華やかさが合わさって、追放されてから初めて「美味しい」としか言えない味。
気づいたらパンの上に蜂蜜を追加していた。
「塗りすぎじゃない?」
「これくらいが普通です」
「パンが見えないよ」
前世からの癖だ。父にも母にも言われ続けて直らなかった。
「蜂蜜はたっぷり塗るものです」
「それパンが添え物になってない?」
否定できない。
二人で巣箱の前に座って食べた。蜂が周りを飛ぶけどマーヤはすぐ慣れる。
帰り際、マーヤが真剣な顔で言った。
「まとまった量が採れたら、うちのパンに練り込んで村で売りたい。この村、名物がないの。でも蜂蜜パンならここだけのものになる」
私を助けたいんじゃなく、自分の店を特別にしたいという欲。いい。その方がいい。
「蜂が安定したら、ちゃんと量を採ります」
「約束!」
丘を駆け下りるマーヤを見送って、空の器を見つめる。「少しだけ」のつもりが結構食べてしまった。
「ごめんね。次はちゃんと残してから採るから」
――蜂蜜パン、楽しみ。その前にハインツさんの内検が明後日。ダニの十二番、良くなっていれば。




