第9話「当てられるんですか」
味見の日。小屋のテーブルに七つの巣箱の蜂蜜を小皿に分けて並べた。
ニクラスは時間きっかりに丘を登ってきた。手ぶらで表情がない。
「準備できてます。順番にお願いします」
向かいに座ったニクラスが小皿の列を見る。
「……七つ全部?」
「はい」
窓の外から蜂の羽音、小屋の中には蜂蜜の甘い空気。
一番。スプーンですくって口に含み、目を閉じる。
「クローバー八割。水分がやや多い」
ハインツにも指摘された点を味で見抜いている。
二番。「アカシアが増えて味が軽い」。三番。「分蜂した箱だな。蜂の数が足りなくて近場の蜜源に偏ってる」
味から蜂の行動パターンまで読むのか。メモを取りながら感心する。
六番でニクラスの眉がぴくりと動いた。
「ローズマリーが入ってる」
「ローズマリー?」
「わずかだけど。南東側に自生地があるはず」
知らなかった。南東は森が深くて足を踏み入れていない。
「この蜂蜜は面白い。クローバーの甘さの奥にハーブの香りがある。売るならこれが一番特徴的」
声に微かな熱。普段の淡々とした調子と違う。
「蜂蜜の話をしているとき、楽しそうですね」
言ってからしまったと思った。ニクラスの口が閉じて視線が横にそれる。
「……七番」
話を逸らされた。七番は応急巣箱の蜂蜜。量が少ない。
ニクラスが舐めて首を傾げる。三度、四度。
「わからない」
「わからないんですか」
「初めての味だ。苦味がわずかに。蕎麦か栗か……でも栗蜜なら色がもっと濃い」
蜂蜜を光にかざす。窓からの陽に柔らかい黄金色が透ける。
「保留にする。わからないものを無理に決めない。季節が変わったら比較する」
「根気のいることですね」
「仕事じゃない」
「じゃあ何ですか」
五秒。
「……知りたいだけだ」
蜂蜜の味の奥にあるものを。わかる気がした。蜂のことになると止まらないのは私も同じだから。
「今度、六番の蜜源を一緒に探しに行きませんか。ローズマリーの自生地、まだ見つけていなくて」
ニクラスの耳が赤くなった。今度ははっきり見える。
「……行く」
一言。立ち上がって帰っていった。お茶も出していないのに。
テーブルのメモを見返す。七つの分析結果がびっしり。六番の蜂蜜を自分でも舐めてみた。甘さの奥にすっと鼻に抜ける香り。言われればハーブっぽい。でも私の舌では「何か花っぽい」くらいしかわからない。
――次は蜜源探し。南東の森。二人で。
なんでだろう、ちょっと緊張する。




