第4話「素人がやるな、と」
巣箱の蓋を磨いていたら、丘の下から二人が上がってきた。
一人は七十くらいの白髪の老人。もう一人は背の高い若い男で、帽子を目深に被っている。
老人が先に口を開いた。
「おい。あんたか、この養蜂場をいじくり回してるのは」
「シャルロッテと申します」
老人は巣箱を一つずつ睨むように見て回った。
「底板の釘が浮いてる。一月持たん」
「……はい」
「台座の石が小さすぎる。秋には傾く」
「……はい」
「巣門が広すぎる。盗蜂に入られたらどうする」
全部正しい。
「素人がやるな」
冷たい一言。でも侮蔑じゃなくて、危うさを心配している声だった。
背筋を伸ばす。
「素人ではありません。道具が足りないだけです」
「ほう。じゃあ三番目の巣箱、中を見せてみろ。手袋なしで」
後ろの若い男がわずかに身じろぎした。口は開かない。
三番目の巣箱へ。分蜂後の箱。蓋を静かに持ち上げると蜂が飛び出すけれど、刺さない。
巣枠を引き上げて光にかざす。
「新女王の産卵が始まっています。卵が一房に一つ、パターンが均一なので女王は健康です」
老人が目を見開く。
別の面を見せる。
「蓋がけ蜂児。あと十日で羽化します。分蜂で半減しましたが一月もすれば戻るかと」
巣枠を戻して蓋を閉める。手の甲の蜂に息を吹きかけると飛んでいった。
「……刺されんのか」
「昔から」
鼻で笑って名乗った。
「ハインツだ。隣の養蜂場をやってる。こっちは孫のニクラス」
若い男が帽子の縁に手をかけて頭を下げる。目が合った瞬間すっと逸らされた。まだ一言も喋っていない。
「あんたの腕は認める。だが道具がなってない。蜂が可哀想だ」
養蜂家の愛情が透ける言い方だった。
「明日うちに来い。使ってない燻煙器がある。針金と蜜蝋もやる」
「お代が——」
「いらん。蜂を素手で扱える人間に道具がないのは見てられん」
踵を返すハインツ。ニクラスが後を追い、丘を降りかけて一度だけ振り返った。帽子の下の瞳がこちらを見て、二秒。また前を向く。
――あの人、声は出るんだろうか。




