第1話「巣箱がぼろぼろ」
翌朝、丘の上の養蜂場で途方に暮れていた。
六つの巣箱。昨日は「状態は悪くない」なんて思ったけど、明るい陽射しの下で見ると外側がひどい。蓋の板は反り返り、側面は雨水で黒ずみ、底板が腐りかけている箱が二つ。巣門の前に雑草が茂って通路を塞いでいるものもある。
「……前世の養蜂場も古かったけど、ここまでじゃなかった」
中の蜂は元気だ。巣枠もまだ使える。問題は箱の方。このまま放っておいたら夏を越せるかも怪しい。
必要なものを頭で整理する。板材、釘、蜜蝋、燻煙器、巣枠の針金、防護用の帽子とネット。
路銀を数えた。全然足りない。
でも落ち着こう。前世の父の口癖を思い出す。「蜂の家を先に直せ。自分の家は後でいい」。
優先順位をつける。底板の腐った二箱の補強。巣門の雑草除去。傾いた台座の水平出し。どれも今日できることから。
巣箱の前にしゃがんで、巣門前の草を掴む。根が深い。両手で引っ張っても抜けない。この体は令嬢育ちだから握力が足りないのだ。
三本目を抜いた時点で手のひらが赤くなり、四本目は根元を掘ってから引っ張った。ずぼっと抜けた勢いで尻もちをつく。蜂が一匹、驚いたように旋回して巣門に戻っていった。
「ごめんなさい、騒がしくして」
六つの巣箱の雑草を全部抜くのに午前中いっぱいかかった。爪の間に土が入り込み、王宮にいた頃の私が見たら卒倒しそうな手になっている。
午後は台座の修理。巣箱を持ち上げる腕力がないから、周りの地面を掘って低い方に土と石を詰める。完璧じゃないけど昨日よりまし。
夕方、森で松ぼっくりと枯れ枝を集めた。道具がないから簡易燻煙器の材料にする。
養蜂場の端にある半壊した小屋。前の持ち主の作業場らしい。屋根の一部が抜けているけど壁は残っている。ここが当面の住処。
布の上に座り込み、残りの硬いパンを齧る。噛むたびに顎が疲れる。
……蜂蜜が欲しい。このパンに蜂蜜を塗ったらどれだけ美味しいだろう。
でも今はまだ採蜜できない。蜂の貯蓄を十分確認してから。焦って蜜を採ったら蜂が弱る。前世で嫌というほど知っている。
壁の隙間から夕焼けが差し込む。遠くで蜂の羽音がする。巣に帰る最後の一群だろうか。
蜂にも帰る場所が要る。私にもここが、そうなるのだろうか。
明日は村に降りて板材を探そう。
――底板の腐った二箱、なんとかしないと。あの子たちの家が先だ。




