第15話「もっと作ってください」
完売が三回続いた。
一回目は十二瓶。二回目は十八瓶。三回目は二十四瓶。巣箱を増やしたおかげで採蜜量が追いつき、毎週の市場に出せるようになった。
問題は、毎回昼前に売り切れてしまうこと。
「シャルロッテさん、来週はもっと持ってきてよ。午後のお客さんが買えないって怒ってるの」
マーヤが困った顔をしている。困っているのにどこか嬉しそうなのは、蜂蜜パンが飛ぶように売れているからだろう。パン屋としては蜂蜜パンが売れ筋になりつつあるのに、肝心の蜂蜜が午後には品切れでは商売にならないらしい。
「昨日なんか、午後に来たおじさんが『蜂蜜はどこだ』って三回聞いてきたの。三回よ、三回」
「ごめんなさい。でも今の巣箱の数だとこれが限界で……」
「巣箱、増やせないの?」
「場所はあるんだけど、巣箱を作る材料と、新しい群を分蜂するまでの時間がかかるの」
養蜂は急げない。蜂にも準備期間がある。無理に群を増やせば蜂が弱る。
「うーん、じゃあ値段上げる?」
「それは……」
村の人たちが買える値段にしておきたい。街の菓子屋に卸せば高く売れるだろうけれど、最初に私の蜂蜜を買ってくれたのはこの村の人たちだ。甘いもの嫌いを自称しながら二瓶も買っていった木こりのおじさんの顔が浮かぶ。あの人が買えない値段にはしたくない。
「マーヤ、ちょっと考えさせて」
帰り道、ハインツさんの養蜂場の前を通りかかる。柵の向こうでハインツさんが巣箱を点検している。
「ハインツさん」
「なんだ」
「蜂蜜の量を増やしたいんですけど、巣箱を増やす以外に方法ってありますか」
ハインツさんが巣箱の蓋を閉じて、腕を組む。
「採蜜の効率を上げるか、蜜源を増やすかだ」
「蜜源を増やす?」
「花だ。蜂が集めに行く花が多ければ、蜜も増える。おまえの養蜂場の周り、何が咲いとる」
「野草が主です。ヤグルマギク、クローバー、あとは名前のわからない花がいくつか」
「足りん。蜜源植物を植えろ。菩提樹は時間がかかるから、ラベンダーかタイムだ。来年には蜜が取れる」
来年。やっぱり養蜂は時間がかかる。
「今すぐどうにかする方法は、ない。蜂蜜は急いで作るものじゃない。待てん奴は養蜂家に向いとらん」
きっぱり言われてしまった。
「……はい」
「ただし」
ハインツさんが柵越しに私を見る。
「うちの蜂蜜を卸してやってもいい」
「え?」
「俺の蜂蜜は今、街の問屋に全量出しとる。だが品質はおまえのほうが面白い。村の市場には、俺のと混ぜて出せばいい」
「でも、それだとハインツさんの取り分が……」
「口答えするな。村に蜂蜜が出回るのは俺にとっても悪い話じゃない。蜂蜜の需要が増えれば、養蜂場の価値が上がる」
ハインツさんは自分のためだと言う。いつもそう言う。この人の「自分のため」辞典は世界一分厚い。全部「自分のため」で済ませるつもりなのだろう。
でも柵の向こうで巣箱を撫でるその手は、嬢ちゃんが困っているから助けてやるか、と言っている気がした。
「ありがとうございます。お借りします」
「借りじゃない。商売だ。分配は七三。おまえが七だ」
「七? 私のほうが多いんですか?」
「おまえが売るんだろう。手間賃だ。文句があるなら五五にするが」
「いえ! ありがたくいただきます!」
慌てて頭を下げると、ハインツさんが鼻を鳴らして背を向けた。
家に帰って、台所のテーブルに座る。帳簿代わりのノートを開いて、数字を書き込む。ハインツさんの蜂蜜を預かれば、来週は三十瓶以上出せる。午後の客にも行き渡る。
ラベンダーの苗を買う資金も、売上金から出せそうだ。来年の春に向けて畑を耕す。蜜源を増やす。巣箱を増やす。
ノートの余白に「来年の計画」と書いて、その下に箇条書きを並べる。
ペンを置いたとき、窓の外が赤く染まっていた。夕焼け。養蜂場の蜂たちは巣箱に帰っている。遠くでハインツさんの鼻歌が聞こえる。
来年。来年のことを考えている自分がいる。
追放されたばかりの頃、明日のことすら考えられなかった。一週間後に何をしているかなんて想像もできなかった。
それが今、来年の計画を立てている。
ノートを閉じて、紅茶を入れる。蜂蜜をたっぷり垂らす。パンに塗る量が多いのは自覚しているけれど、紅茶に入れる量だって人に見せられない。
甘い。温かい。喉の奥から、じんわりと体に広がっていく。
蜂蜜をもう少し足す。足しすぎだと自分でも思うけれど、止まらない。これが私の悪い癖だ。パンに塗る量もそうだけれど、紅茶に入れる量はもっとひどい。
もしニクラスに見られたら「入れすぎだ」と言われるだろう。でもハインツさんなら「勝手にしろ」と言いそうだ。この祖父と孫は、反応の仕方まで対照的で面白い。
――もっと作ってほしいと言われるのは、こんなにも嬉しいものなのか。




