第14話「完売しました」
朝の市場は、想像より賑やかだった。
村の広場に荷車が並ぶ。野菜を売るおばさん、木工品を並べるおじさん、焼きたてのパンの匂い。マーヤがパン屋の荷車の前で手を振っている。
「シャルロッテさーん! こっちこっち!」
「おはよう、マーヤ」
「蜂蜜、持ってきた? うちのパンと並べて売ろうよ!」
マーヤの提案で、パン屋の荷車の隣に私の蜂蜜を置かせてもらうことになった。小さな木の台に、瓶を十二本。ラベルは手書き。花の種類と採蜜日を書いた紙を紐で結んである。
「かわいい! このラベル、シャルロッテさんが書いたの?」
「はい。字が下手ですみません」
「下手じゃないよ。丁寧な字。ていうか元伯爵令嬢の字って綺麗なんだね」
綺麗というか、家庭教師に叩き込まれた字だ。お嬢様教育で唯一役に立っている技能かもしれない。養蜂には全く関係ないけれど。
「あ、このヤグルマギクのやつ、試食させてもいい?」
マーヤが焼きたてのパンに蜂蜜を垂らして、通りかかった人に差し出す。パンの小麦の香ばしさと、蜂蜜の甘い匂いが混ざって、朝の空気に溶ける。
最初の客はパンの匂いに釣られてきたおばさんだった。
「あら、蜂蜜? この辺じゃ久しぶりだねえ。あの養蜂場、ずっと放置されてたから」
「ええ、私が引き継ぎまして」
「へえ。ちょっと味見……あら。美味しいじゃないの」
一瓶、売れた。
二人目は若いお母さん。子供が蜂蜜パンを食べたがって泣くので、仕方なく買っていく。でも自分も味見して「もう一瓶ちょうだい」と戻ってきた。子供より先にスプーンに手を伸ばしている。子供が不服そうな顔をしていた。
三人目は木こりのおじさん。「甘いもんは苦手だ」と言いながら試食して、無言で二瓶買った。苦手とは。四人目、五人目と続く。
「えっと、すみません、残り三瓶です」
「え、もうそんなに?」
マーヤが驚いている。私も驚いている。まだ昼前なのに九瓶も売れた。
残りの三瓶のうち一つは、フリッツ村長が買っていった。
「いいねえ、こういうの。村に養蜂家が戻ってくれて助かるよ。蜂蜜はうちの婆さんの好物でね」
村長は穏やかに笑って、蜂蜜瓶を大事そうに鞄にしまった。奥さん孝行だ。この村は穏やかな人が多い。追放先としては当たりだったのかもしれない。追放に当たりも外れもないけれど。
十一瓶目を買ったのは、見知らぬ旅商人だった。味見をして目を丸くした。
「お嬢さん、これ定期で卸せる? 街の菓子屋に持っていきたいんだが」
「えっ、街に?」
「この品質なら引き合いがあるよ。特にこの野草蜜、雑味がないのがいい」
雑味がない。ニクラスと同じことを言っている。
「すみません、まだそこまでの量が作れなくて……」
「そうか、残念。量が増えたら声をかけてくれ」
名刺代わりの木札を受け取る。街の住所が彫られていた。
最後の一瓶。
手が伸びてきた。日に焼けた、節くれだった手。
ハインツさんだった。市場になんて来る人だと思わなかった。
「一つくれ」
「えっ。ハインツさん、うちの蜂蜜で良いんですか?」
「良いか悪いかは俺が決める。一つくれと言っとる」
お金を置いて、瓶を引っつかんで、振り返りもせず帰っていく。お釣りを渡す暇すらない。というか多めに払っている。これ、お釣りを追いかけて渡したら怒られるやつだ。
完売。
十二瓶、全部売れた。台の上には空になったスペースと、小さな革袋に入った売上金。手に取ると、じゃらりと硬貨の重さが掌に伝わる。
「やったね、シャルロッテさん! 完売だよ!」
マーヤが飛びついてくる。パンの生地がついた手で私の腕を掴むので、袖が粉だらけになった。でも嫌じゃない。
「ありがとう、マーヤ。あなたのパンのおかげよ」
「蜂蜜が美味しいからだよ! 次はもっと持ってきなよ!」
売上金を数える。多くはない。でも追放されて身一つだった私が、自分の手で稼いだお金。
革袋の口を紐で結ぶ。指先に銅貨の匂いが残っている。
帰り道、養蜂場の柵が見えてきたところで足が止まった。
ニクラスが柵の前に立っている。何かを待っているように。
「……売れたか」
「完売しました」
ニクラスはうなずいて、視線を養蜂場に戻す。
「来週も出すなら、巣箱を二つ増やせ。足りなくなる」
「そこまで売れるかわからないけど」
「売れる」
断言された。根拠は聞かない。でもニクラスが「売れる」と言うなら、きっとそうなのだろう。この人は蜂蜜の味がわかる人だから。
養蜂場に入る。蜂たちが巣箱の周りを飛んでいる。夕方の光の中で、羽が金色に光っていた。
「ただいま」
蜂に言っている。おかしな話だけれど、養蜂場に帰ってくると「ただいま」と言いたくなる。
――次の市場までに、巣箱を二つ。ニクラスの言う通りにしてみよう。




