第53話:常連たちの夜。
「あら、醤油を切らしたか。ちょっと取りに行ってきますね」
と、店主は屋台の奥へと向かった。
「いってらっしゃい」常連客の声が聞こえた。
「……あの店主、すごい人だったんだって?」店主がいなくなったタイミングで、酔った勢いからか、一見の客が常連客に話しかけた。
「そんなの関係ねえよ。俺たちが飲みたいのは、あの店主が作る酒と肴だ。安心して落ち着いて飲める。その屋台の店主。それで十分だろ」常連客がそう言って日本酒を傾けた。
「……私としては、仕事を一つ逃してしまいましたけれどね」口調の固い常連客が言った。
「そりゃ、どういう意味だい?」別の常連客が問いかける。
「おっと。申し訳ない。守秘義務違反をするところでした。酔っ払っても、これは言えません」
「なんだい。あんた、思わせぶりだねぇ」そういうと、常連客は、いぶりがっこチーズを口に運んだ。続いて、日本酒をあおる。
「……まぁ、とにかく、この屋台は今日もある。美味い酒と美味い肴がある。それでいいじゃないですか」固い口調で、常連客は日本酒を口に運んだ。
「……違いねぇ。俺たちには、それで十分だな」常連客は、もう一つ、いぶりがっこチーズを口にした。
いつもの風景、いつもの屋台の情景が、そこにはあった。
「おまたせしました」店主が醤油片手に戻ってきた。
「……?みなさん、どうかしました?」
「いやなんでもない。なんでもないよ。みんなで『ここの料理は美味いな』って話してたんだ」
「そうですか。お褒めの言葉、ありがとうございます」
そう言って頭を下げると、店主は、黙々と、次の料理の準備を始めた。
「やってるかい?」と、別の常連客が暖簾を上げた。
ゆっくりと、屋台の夜が更けていった。
次回予告:
季節が巡る。冬から春へと。
屋台のメニューが変わる。しかし、屋台の風景は、変わらないのだった。




