第50話:ざまぁ――ではなく、決別。
弟――あのホテルの社長――が、屋台に入ってきた。
俺は、「ご注文は?」と尋ねた。
弟の顔が怒りで赤くなった。
「『ご注文は?』だと?俺はここに、酒を飲みにきたんじゃない」
「……俺は、俺は、あのホテルを追い出された。それもこれも、全て、お前が原因だ」
弟の声の怒気が強まる。
「お前が、お前が、俺の言うことさえ聞いていれば、こんなことにはならなかったんだ!」
弟が叫んだ。
「何を言っているんだ」俺の声は冷たかった。自分でも驚くくらい、冷たかった。
「最初に、俺をあのホテルから放逐したのは、お前だ。お前の判断だった。『効率』を理由に、放逐したのはお前だ。なぜ、お前が追い出された原因が俺になるんだ」
俺は言葉を続けた。
「お前の今の状況は、全て、お前自身の判断が原因だ。それから目を逸らして、他人のせいにするな。いい加減、自分自身と向き合うんだな」
俺は、弟に、最後の言葉を告げた。
「今の俺は、ただの屋台の料理人。ここにいるお客さんを満足させるのが仕事だ。俺の仕事の邪魔をするなら帰ってくれ……今の俺には、これが、十分すぎる仕事だ」
弟は、俺の言葉に何も言い返せず、顔を赤くしたまま、黙りこくった。
その沈黙は、怒りのせいなのか、絶望のせいなのか、俺には分からなかった。どうでもいいことだった。
俺は、弟の方を見るのをやめ、お客さんに向き直った。
「すいませんね。個人的なことで騒がせちゃって。これは詫びの一杯です」
「……店主、あんた、あのホテルの総料理長だったのかよ」一見客の一人が言った。
「昔のことです。今は、この屋台の料理人。皆さんに料理を振る舞う、ただの屋台の料理人です」
そうして、俺は、今日の客に、詫びの日本酒を振る舞うのだった。
弟の姿は、気がついたら消えていた。
その日以来、二度と、弟の姿を見ることはなかった。
次回予告:
屋台に平穏が訪れた。
俺は、自然と頬が緩むのを感じていた。




