第46話:あのホテルが、終わった夜。
その日の夜。
今日も屋台は、常連客が通ってきた。
「いつもの」と言われ、俺は、日本酒と、今日のおすすめの準備をする。
「店主さんよ、聞いたかい」常連客の一人が、俺に話しかけた。
「あのホテル、いよいよヤバいらしいよ。別のホテル会社に買収されて、経営陣、総刷新って話だ」
その常連客は、俺が、あのホテルの元・総料理長であることを知っている、数少ない一人だった。
「……そうですか。でも、今の私には、もう無関係なことなんで……」
俺はそう言葉を返した。
「でも、刷新が経営陣だけなことを祈りますよ。料理人や接客スタッフは、経営陣に振り回されただけの犠牲者ですから。彼らはそのままホテル従業員として残してもらいたいですね」
常連客が、言葉を続けた。
「でも、あそこ、料理人が一気に辞めたらしいぜ。厨房が空っぽだってよ」
俺は、驚いた。その表情が、常連客にも伝わったらしい。
「……あんたは、それでいいのかい?この屋台の店主でいいのかい?あんたの腕なら……」
「何、言ってるんですか」俺は気持ちを切り替え、笑って答えた。「今の私は、私の料理で、皆さんが笑顔になってくれる。それが何よりのことなんで。ホテルの総料理長なんて、もう懲り懲りですよ」
「それよりも、ちょっと軽めの一品を作ってみたんで、試してもらえますか?」
そう言って、俺は、新しい一品を常連客に差し出した。
「クレソンの炒め物なんですが。シンプルに炒めただけの、軽い一品です」
常連客は、箸を持ち、クレソン炒めを口に運んだ。
「これは、ピリ辛で、ニンニクが効いてていい感じだ。ビールでも、日本酒でも、どっちにも合いそうだね」
「ありがとうございます」俺は頭を下げた。「では、もうちょっと味を詰めたら、正式に提供しようと思います」
「……相変わらず、固いねぇ。このまま出しても、多分、誰も文句言わないよ」
常連客は声を出して笑ったのだった。
次回予告:
ホテルの社長の失脚。それは当然の帰結だったのか、運が悪かったのか。
俺にとっては、すでにどうでもいいことだった。




