第45話:俺は、この場所を選ぶ。
「……なんか、悩んでるねぇ」常連客に言われた。
「……わかりますか?」俺は常連客に尋ねる。
「そりゃ、ほとんど毎日顔を見合わせてるんだ。そのくらいの変化には気づくさ。何に悩んでるんだい?」
「……いえ、まぁ、なんというか……」
俺は思い切って聞いてみた。
「お客さんは、なんで、この屋台をご贔屓にしていただけるんですか?安くて美味い店は、他にもあるでしょうに」
常連客は、一瞬、呆気に取られた顔をすると、大笑いした。
「ここより安くて美味い店なんか、そうそうないよ。それと」常連客が言葉を継ぐ。
「先代のオヤジさん同様、あんたも、真剣に料理と向き合ってるのが見えるからね。普通の店は、厨房なんて見せないだろ?きちんとした仕事が見えるってのは、結構大事なことだと、俺は思うね」
その常連客の言葉に、モヤモヤとしていた胸のつかえが、ストンと落ちた。
――そうか。それだったのか。
「ありがとうございます!」
俺は、深々と常連客に頭を下げた。
翌日。
大手チェーン店の担当者に電話をした。
正式に、チェーン展開の話を断る電話だった。
電話の向こうで、担当者が驚いていた。電話が、責任者の部長に代わる。
「お断りの理由を説明していただけませんか?できれば、私の納得できる理由で」
わかりました。と俺は答えた。
そうして、日を改めて、理由を説明することにしたのだった。
後日。俺は、大手チェーン店の本社ビルにいた。
責任者の部長の待つ会議室へと案内される。
そこには、部長だけでなく、多くの人が座っていた。おそらく今回のプロジェクトに関わっている人たちだろう。
人数で、こちらの意思を翻させる気か、そんなことを思った。
全員揃ったのだろう。担当者が口を開く。
「ご足労いただきまして、ありがとうございます。早速ですが、ご説明を賜りたいと思います」
――この判断、俺は本当に後悔しないだろうか。でも、これが俺の選んだ道だ。
そうして、俺は、今回の提案を断る理由を説明した。
「……と言うことです。私は、私の見えないところで、私の料理をに満足されるお客様が想像できません。それは『私の料理』ではない。あの屋台の距離感も、『私の料理』の要素の一つなんです」
部長は黙り込んだ。俺は言葉を継ぐ。
「部長。あなたにもわかっているはずです。あなたは実際に私の屋台に来た。そこで私の料理を食べた。あの屋台の雰囲気を知っている。あれが再現できないのなら、チェーン展開は、お断りさせてください」
沈黙が訪れた。それを破ったのは部長だった。
「……了解した。あなたの気持ちを尊重しよう。チェーン展開プロジェクトは凍結する」
「凍結する前に、一つ、提案いいですか?」俺は部長に言った。
「あなた方が、私の料理を食べて、その味を再現して、チェーン展開することまで、私は否定しません。私の味を『盗む』のは自由です。拒否しません。……ただ、それを簡単に出来るとは思わないでください。私も師匠の味を『盗みました』が、それなりの時間と苦労がありました」
部長の目が見開いた。道はまだ閉ざされていない。そういう表情だった。
「……と言うことで、部長。また、私の屋台に足を運んでください。いつでも歓迎します」
そうして、俺は、会議室を後にしたのだった。
次回予告:
あのホテルの噂が、俺の耳に届く。
しかし、俺は、も、あのホテルに未練はなかった。




