第42話:切り捨てられたのは、俺だけじゃなかった。
高層マンションの一部屋――新社長の部屋――で、彼女は、社長と相対していた。
社長からの別れ話に、彼女は狼狽していた。
「あの時、私が選んだのは『輝く未来』だったはずなのに。どうして今、私の手には砂しか残っていないの?」
彼女は社長に向かって言葉を放った。
その言葉を、社長は黙って受け止めた。社長は何も言わない。
「あの時、私は正しかった……そう信じた。でも今、目の前にあるのは、私が選んだ『効率』の残骸だけ」
机の上に置かれた彼女の指輪や時計。社長の別れの言葉で、まるで無価値な小道具のように見える。
彼女は、机の上の腕時計を握りしめた。それを受け取った時の感動は蘇らず、ただただ冷たい感触しか感じられなかった。
「あの時、私の選択は間違っていなかったはず……あなたのためでも、私のためでもなく、効率のために──」
「……今のホテル経営危機のなかでは、あなた、という存在も、『効率』から見たら、無駄な要素の一つに成り下がったのですよ」
社長は冷たく答えた。
「結局、効率を選んだのはあなた自身。その代償はあなたが背負うのが、あなたの責任です」
そう言って、社長は部屋を出て行った。
一人残された彼女の目には、涙が浮かんでいた。それがこぼれ落ちるのを、彼女は懸命に堪えたのだった。
「店主さんよ」暖簾を上げた常連客が、注文前に、俺に言った。
「ここに来る前に、前に来たヒステリックなお嬢ちゃんを見かけたぜ」
「へぇ。そうですか」俺は淡々と答えた。「来るな」と言ったあの日以来、彼女との関係は完全に切れていた。
「なんか、この屋台を物欲しげに見てたぜ。俺に気づくと、踵を返して、帰っちまったが」
「そうですか……まぁ、もう、関係のないことなんで……今日は、何にしましょう?」俺は、常連客に注文を聞いた。
「……そうかい……まぁ、あんたがそう言うんなら……日本酒と、おすすめ、お願いするよ」
「はい、ご注文、承りました」
そう言って、俺は、日本酒とおすすめの準備をした。彼女の顔が思い浮かんだが、すぐにかき消した。目の前の食材を捌くことに集中する。それは、いつものことだった。
今更、弟と彼女がどうなろうと、今の俺には関係がなかった。
次回予告:
大手料理チェーン店から、意外なオファーがやってきた。
俺は、その提案に迷うのだった。




