第38話:屋台を守るために、包丁を置いた夜。
夜。いつものように屋台を開いた。いつものように常連客が、一見客がやってくる。
しかし、その日は、いつもとは違っていた。
一見客がやってきた。それは珍しいことではない。
ただ、その態度が、今までの一見客とは明らかに違った。
「料理は任せるよ。ここの屋台、美味いと聞いているが、さて、どんなもんなんだか」
その一見客──筋骨隆々の男──は、最初から、喧嘩腰、敵意剥き出しだった。
「お任せですね。日本酒、大丈夫ですか?」俺は、努めて、いつものように接客をした。
「……いちいちそんなこと聞くなよ。見ればわかるだろ」
男の傲慢な態度は変わらなかった。SNSを見た客でも、ここまで酷い態度の客はいなかった。
俺は、黙って、日本酒と、今日のおすすめの準備をした。
男に、料理を差し出す。
「お待たせしました。日本酒と、今日のおすすめ、白身魚のお造りです」
男は、ニヤリと笑うと、お造りを一切れ食べた。そして日本酒をあおる。
「……ネットの評判、ってのは、信用できないもんだな。ありきたりの刺身じゃないか」
男は笑った。
日本酒を再びあおると、男は常連客を見た。
「……よくもまぁ、こんな料理をありがたがるもんだ。客の程度も知れるな」男が再び笑った。
俺の包丁を操る手が止まった。男に向き直る。
「俺への文句ならいくらでも聞こう。料理の味が気に入らないのなら、頭も下げよう。だが、あんたは今、このお客さんの時間を汚した……それは、俺が何よりも許せないことだ」
俺は手にしていた包丁を、静かに、だが確かな意志を持って、カチャリと、まな板の横に置いた。
俺は調理場を出た。
「ここには、あんたみたいな奴に出す料理も、あんたに座らせる席もないんだ……お代は要らない。ただ、消えてくれ。これ以上、お客さんを侮辱するなら、俺にも考えがある」
俺は、その客を睨みつけた。たとえ、俺が腕力でのされても構わない。こんなことをされて、黙って泣き寝入りするほど、俺はお人好しじゃなかった。
俺の大事な客が侮辱されたのだ。とても許せるものではなかった。
「……やるのかい?」
男がニヤリと笑った。
おそらく、腕力では敵わないだろう。殴られるのを覚悟したその時。
「店主さん!警察に電話したぜ!俺たちが証人になってやる!警察が来るまで待ちな!」
常連客の声が聞こえた。
その声を聞くと、男は一目散に逃走した。ためらいのない、見事な逃げっぷりだった。
「……通報、ありがとうございました……」俺は冷や汗を拭いながら、常連客へ頭を下げた。
「通報?ああ、警察へのね。あれはハッタリさ。あの手の客は、ああ言えば、逃げ出すもんさ」
常連客は笑っていた。
「……ハッタリ……いや、それでも、助かりましたよ。ありがとうございます」
俺は改めて、常連客に頭を下げたのだった。
「せっかくの酒が不味くなるところだったよ。すまんが、店主。口直しに美味いもん作ってくれよ」
わかりました、とびっきりのやつを。と、俺は常連客に答えたのだった。
……それにしても、このタイミングで、あんな男が来るのは、偶然にしては、出来すぎている。あの男は、意図的に迷惑行為をしていた。酔っ払いの絡み方ではなかった。俺は、そう思った。
考えすぎかもしれない。しかし、俺の胸に嫌な予感が去来した。
次回予告:
常連客からの意外な援護射撃。
──俺は恵まれている。
そう思わずにはいられなかった。




