第37話:支えられていたのは、俺の方だった。
SNS旋風も一段落したある日の夜。
すでに行列はなくなっていた。それでも、屋台は、常連客で賑わっていた。
常連客の中には、やけに話し方の堅い人もいて、何の仕事をしているのか気になる人もいる。
しかし、この屋台に来る客は、社会での立場なんか関係ない。「ただの飲兵衛」というフラットな関係性だ。
常連客の誰も、自分の社会的地位を誇示しない。相手にそれを聞こうともしない。一見さんを排斥することもしない。
いい空気感だった。俺は、それを壊したくなかった。
常連客の会話から、とある話が聞こえてきた。思わす、俺は耳をそばだてた。
「あのホテルのレストラン?最近、料理が全部同じ味でさ。行かなくなったよ」
「以前は、美味しくて、よく行ってたのにな」
「……社長が変わったあたりから、なんか味がおかしくなってきたんだよな。なんというか……」
「ファミレス、的な?」
「そうそう、そんな感じ。味に深みと感動がなくて、のっぺりとした感じになったんだよな」
俺は、常連客の会話を黙って聞いていた。
──ここの常連に、あの頃の俺の料理を食べたことのある人がいたのか……世間は狭いもんだ……
「そういや」常連客は俺に話しかけた。「ここのオヤジさんは、よく、あんたみたいな腕のいい料理人を見つけたもんだ。ありがたいことだよ」
「……私の料理の師匠の、古くからの友人だったんですよ。先代は」
俺は淡々と事実を話した。積極的に話すことではなかったが、別に隠すことではなかった。
「へぇ。そういう繋がりだったのかい」
「ここを任されるようになったのは、偶然が重なった結果なんですけどね」
そう言って、俺は、常連客へ、今日のおすすめを差し出した。
今日のおすすめは、マグロの山かけだった。
丁寧に出汁を引いた割醤油をかける。白と赤、そのシンプルな対比を常連客は喜んでくれた。
だが、その穏やかな賑わいを切り裂くような足音が、路地の向こうから近づいていることに、この時の俺はまだ気づいていなかった。
次回予告:
一見客の暴言。常連客を侮辱するその言葉を、俺は見逃すことができなかった。




