表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/60

第29話:元同僚が、黙って訪れた夜。

「今日も美味しかったよ」常連客が、暖簾をあげて帰っていった。

「また、ご贔屓に」俺は頭を下げる。

いつもの光景だった。今日の夜は静かだった。


今日はそろそろ終いの時間かな、と思った時、一人の客が、ふらりと訪れた。

「……熱燗、もらえるかい……」

「はいよ。熱燗ですね。少々お待ちを。肴は何にします?」

「適当に見繕ってくれ……こんな時間だ。作れないものもあるだろう……」

「わかりました。お待ちください」

熱燗の準備をする。一見だが、その客の声に、俺は聞き覚えがあった。

肴を作りつつ、横目で客を見る。

憔悴しきって顔を伏せているが、その姿を見て、俺は思い出した。

総料理長時代、あのホテルで一緒に働いていた料理人だった。いわゆる、元同僚であった。

しかし、疲れ切っているからか、元同僚は、俺が誰であるか、気づいていないようだった。

熱燗と肴を、元同僚に差し出した。

「お待たせしました。熱燗と、お造りね」

「……ありがとさんよ……」

元同僚は、そういうと、お猪口に熱燗を注ぎ、一気にあおった。

俺が誰であるか気付かぬままに、元同僚は、お造りに箸を伸ばす。

一口食べては、熱燗を流し込んでいた。


酔いが回ってきたのか、元同僚は、独り言のように愚痴を漏らし始めた。

「AIのレシピの通りに作っても、客が『味が薄い』と怒鳴るんだ……」

「食材がどんどん安物に変わっていく。それを『効率だ』と言い放つ社長……あの人は料理のことを何もわかっちゃいない……」

「前の総料理長がいた頃は、あんなに厨房が輝いていたのに……俺たちの料理は輝いていたのに……それなのに、俺たちは、あの人を裏切ったんだ……」

俺は、黙って、元同僚の愚痴を聞いていた。

「……これ、サービスしときますよ」

俺は、ある一品を、元同僚に差し出した。

元同僚は、黙ってそれを口に運んだ。

次の瞬間、元同僚の目が見開かれた。

「……これは……このだし巻き卵の、この味は……どういうことだ……」

元同僚が顔を上げ、俺の顔を見た。元同僚の顔は驚愕の表情だった。

「……総料理長……総料理長が、なんでここに……」

「今の俺は、この屋台の料理人さ。総料理長なんて呼び方はやめてくれ」俺は言葉を継いだ。

「……今日の愚痴は、聞かなかったことにしとくよ」

俺は、元同僚に言った。

「明日から、また、ホテルの客に対して、真摯に向き合ってくれ。俺から言えるのは、それだけだ」

「……戻ってきてはくれないんですか、総料理長……皆、あの時の判断を後悔しています……」

元同僚の言葉を、俺は即座に否定した。

「俺は、もう、この屋台の一料理人だ。あそこに戻る気は毛頭ない」

元同僚は、俺のその言葉に、うなだれるのだった。

帰路に着く、元同僚の背中からは、寂しさのみが感じられた。あの頃の覇気はまるでなかった。


次回予告:

元・副料理長の懇願。それに対して、俺が出した答えとは――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ